日本文学振興会は3日、第139回芥川賞、直木賞それぞれの候補作品を発表した。芥川賞候補者のうち岡崎祥久氏は3回目の候補、小野正嗣氏、津村記久子氏、楊逸氏は2回目の候補となる。前回、在日中国人が日本語で書いた作品として注目された楊逸氏は、中国籍の作家として史上初の受賞者となるか、今回も話題を呼びそうだ。本レポートでは、各候補者の略歴と候補作品の概要を紹介する。

芥川賞の各候補者の略歴、作品の概要は以下のとおり。

磯崎憲一郎『眼と太陽』

仕事でアメリカのミシガン州に暮らしていた「私」は、日系会社の工場で現場責任者のような仕事をしている女性トーリーに出会う。トーリーは離婚し、一人娘を抱えていた。「相手を射貫いて、突き抜けたその向こう側を見ているような」眼に惹かれた「私」は、トーリーと交際を重ねていく。

磯崎憲一郎氏:1965年生まれ。88年、早稲田大学商学部卒業。会社員。2007年、『肝心の子供』で第44回文藝賞受賞

岡崎祥久『ctの深い川の町』

ある時「何もかもが急に嫌になり」、故郷に戻った中田(ナカダ)は、〈ノーブル交通〉というタクシー会社の運転手となる。女性数学者、発明に熱中する同僚の勝俣、同級生の青山由美、同僚で元レースドライバーの河村勢津子、そしてさまざまな乗客との出会いがそこには待っていた。

岡崎祥久氏:1968年生まれ。93年、早稲田大学第二文学部卒業。97年、『秒速10センチの越冬』で第40回群像新人文学賞受賞。2000年、『楽天屋』で第123回芥川賞候補、第22回野間文芸新人賞受賞。01年、『南へ下る道』で第126回芥川賞候補。04年、『昨日この世界で』(文藝春秋刊)。05年、『独学魔法ノート』(理論社刊)

小野正嗣『マイクロバス』

幼い頃から言葉を発することがない信男は、工事現場での警備員の仕事を辞めてから、親戚のヨシノ婆をマイクロバスに乗せて連れ出すのが日課のようになっていた。「入り組んだ湾を形成する海岸線をなぞる」国道沿いの「集落と集落を縫い合わせて」走るマイクロバス。過去と現在が溶解、交錯していく。

小野正嗣氏:1970年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程単位取得退学。文学博士(パリ第8大学)。2007年より明治学院大学文学部フランス文学科専任講師。01年、『水に埋もれる墓』(朝日新聞社刊)で第12回朝日新人文学賞受賞。02年、『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日新聞社刊)で第15回三島由紀夫賞受賞。同年、「水死人の帰還」で第128回芥川賞候補。06年、『森のはずれで』(文藝春秋刊)で第28回野間文芸新人賞候補

木村紅美『月食の日』

1歳半で全盲となった有山隆は、仙台の盲学校にいたとき、ボランティアとして活動していた津田幸正と17年ぶりに再会。お互い本八幡に暮らしていることを知り、幸正は隆を自宅の夕食へと誘う。だが幸正の妻の詩織は、全盲の来客に不安を抱いていた。夕食会が催されたのは、皆既月食の夜だった。

木村紅美氏:1976年生まれ。明治学院大学文学部芸術学科卒業。2006年、『風化する女』で第102回文學界新人賞受賞。07年、『島の夜』(角川書店刊)。08年、『イギリス海岸 イーハトーヴ短編集』(メディアファクトリー刊)

津村記久子『婚礼、葬礼、その他』

大学時代の友人から結婚式の二次会幹事とスピーチを頼まれたヨシノ。予約したばかりの旅行を仕方なくキャンセルして引き受けるが、式当日、今度は会社の常務から、部長の父親が亡くなったので今晩の通夜に来るようにとの電話が入る。結婚式と葬式のひと筋縄ではいかない展開に、ヨシノは翻弄される。

津村記久子氏:1978年生まれ。大谷大学文学部国際文化学科卒業。2000年より会社勤務。05年、『マンイーター』で第21回太宰治賞受賞。同年、『君は永遠にそいつらより若い』(『マンイーター』改題。筑摩書房刊)。07年、『カソウスキの行方』で第138回芥川賞候補。08年、『婚礼、葬礼、その他』(文藝春秋刊)

羽田圭介『走ル』

高校2年生の本田は、ふとしたきっかけで物置から探し出したレース用自転車「ビアンキ」で、八王子の自宅から四ツ谷の高校まで走り、陸上部の朝練に参加した。飲み物を買ってくるよう頼まれたが、そのまま授業をサボり、本田は「ビアンキ」で北を目指した。目的もないまま走り続け、ついには日本海へと辿り着く。

羽田圭介氏:1985年生まれ。2003年、『黒冷水』で第40回文藝賞受賞。明治大学卒業。会社員。06年、『不思議の国のペニス』(河出書房新社刊)。08年、『走ル』(河出書房刊)

楊逸『時が滲む朝』

高校時代の親友、梁浩遠(りょうこうえん)と謝志強(しゃしきょう)は同じ大学に入り民主化運動に参加するが、運動を侮辱した男と喧嘩して退学した。学生を指導した甘(かん)先生は海外へ亡命。学生リーダーの女性白英露(はくえいろ)は行方不明となる。結婚して日本へ移り、中国の民主化運動を続けていた浩遠は、10年あまりの時を経て3人と日本で再会する。

楊逸氏:1964年生まれ。87年来日、日本語学校を経て、お茶の水女子大学にて地理学を専攻。卒業後、日本にある中国語新聞社で記者として勤め、のちに中国語講師。2007年、「ワンちゃん」で第105回文學界新人賞受賞、第138回芥川賞候補。08年、『ワンちゃん』(文藝春秋刊)。同年、『時が滲む朝』(文藝春秋刊)

直木賞の各候補者の略歴は以下のとおり。

井上荒野『切羽(きりは)へ』

静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。夫を深く愛していながら、どうしようもなく惹かれてゆくセイ。やがて二人は、これ以上は進めない場所へと向かってゆく。「切羽」とはそれ以上先へは進めない場所のこと。宿命の出会いに揺れる女と男を、緻密な筆に描ききった美しい切なさに満ちた恋愛小説。

井上荒野氏:1961年生まれ。成蹊大学文学部卒業。89年、『わたしのヌレエフ』で第1回フェミナ賞受賞。2003年、『潤一』(マガジンハウス刊)で第11回島清恋愛文学賞受賞。04年、『だりや荘』(文藝春秋刊)で第26回吉川英治文学新人賞候補。05年、『誰よりも美しい妻』(マガジンハウス刊)で第27回吉川英治文学新人賞候補。07年、『ベーコン』(集英社刊)で第138回直木賞候補

荻原浩『愛しの座敷わらし』

生まれてすぐに家族になるわけじゃない。一緒にいるから、家族になるのだ。東京から田舎に引っ越した一家が、座敷わらしとの出会いを機に家族の絆を取り戻してゆく、ささやかな希望と再生の物語。朝日新聞好評連載、待望の単行本化。

荻原浩氏:1956年生まれ。成城大学経済学部卒業。97年、『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞受賞。04年、『明日の記憶』(光文社刊)で第18回山本周五郎賞受賞。05年、『あの日にドライブ』(光文社刊)で第134回直木賞候補。06年、『四度目の氷河期』(新潮社刊)で第136回直木賞候補

新野剛志『あぽやん』

発券ミス、予約重複……空港のカウンターの裏で起こる様々なトラブルを解決するのが「あぽやん」。ツアー会社に勤める男の成長を描く

新野剛志氏:1965年生まれ。立教大学社会学部卒業。99年、『八月のマルクス』で第45回江戸川乱歩賞受賞。2002年、『罰』(幻冬社刊)。04年、『FLY』(文藝春秋刊)。06年、『愛ならどうだ!』(双葉社刊)

三崎亜記『鼓笛隊の襲来』

戦後最大規模の鼓笛隊が襲い来る夜を、義母とすごすことになった園子の一家。避難もせず、防音スタジオも持たないが、はたして無事にのりきることができるのか−。書き下ろし1編を含む9編のファンタジー短編集。

三崎亜記氏:1970年生まれ。熊本大学文学部史学科卒業。2004年、『となり町戦争』で第17回小説すばる新人賞受賞、第133回直木賞候補、第18回三島由紀夫賞候補。05年、『バスジャック』(集英社刊)。06年、『失われた町』(集英社刊)で第136回直木賞候補

山本兼一『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』

時は幕末。将軍上洛の知らせが駆け抜ける京都で、真之介とゆずは「とびきり屋」という道具屋を構えた。ゆずは、京で屈指の茶道具屋の愛娘。真之介は、そこの奉公人だったが、ゆずと駆け落ちして夫婦になったばかり。一癖ある丁稚たちを仕込みながら、いわくつきの御道具をさばき、血気盛んな新撰組や坂本龍馬らと渡り合う。"見立て"と"度胸"で、動乱の世を渡る夫婦の成長物語には、政治に左右されない庶民の強さが感じられる。"はんなり"系痛快時代小説の誕生

山本兼一氏:1956年生まれ。同志社大学文学部美学及び芸術専攻卒業。2002年、『白鷹伝』(祥伝社刊)。04年、『火天の城』(文藝春秋刊)で第132回松本清張賞受賞、第132回直木賞候補。06年、『雷神の筒』(集英社刊)。07年、『いっしん虎徹』(文藝春秋刊)。07年、『弾正の鷹』(祥伝社刊)

和田竜『のぼうの城』

時は乱世。天下統一を目指す秀吉の軍勢が唯一、落とせない城があった。武州・忍城。水に囲まれた「浮き城」を治めるのはでくの坊ゆえに「のぼう様」と呼ばれる武将だった。駄目だが人間臭い魅力で衆人を惹きつける英傑像を提示した、新しいエンタテインメント小説。

和田竜氏:1969年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2003年、『忍ぶの城』(脚本)で第29回城戸賞受賞。小説は候補作がデビュー作