新しいキャリア、新しい場所…。新しいことにトライするには、苦難や苦労がつきものです。ただ、その先には希望があります。本連載は、あなたの街の0123でおなじみの「アート引越センター」の提供でお送りする、新天地で活躍する人に密着した企画「NewLife - 新しい、スタート -」。第13回目は、元女優の岡西佑奈さんにお話をうかがいました。

  • 第13回目は、元女優の書家・アーティスト岡西佑奈さん


Background
自然界の曲線美を追求する
元女優の現代アーティスト

「万物の調和」をテーマに掲げ、自然界の曲線美を追求する書家であり現代アーティストの岡西佑奈さん。

7歳で本格的に書に目覚め、高校在学中には師範の免許も取得します。しかし、その後は女優の道へ―。そんな彼女が書の世界に舞い戻ってきた理由とは?

そこには運命的ともいえる不思議な体験と、呼び起こされた原体験がありました。


Beginning
心を塞いでいた女優時代に
筆を執る幸福感を再認識

大好きな書道で生きていく。そう考え始めていた岡西さんに転機が訪れたのは高校2年の夏のこと。蜷川幸雄氏が演出を手がける舞台、シェイクスピアの「マクベス」に涙が止まらなかったと振り返ります。

幕が開いたときから感動しっぱなしで。蜷川さんが創る舞台芸術の世界に衝撃を受けました

唐沢寿明さん、大竹しのぶさんらの演技にも魅了され、女優を志すように。

演劇の経験は全く無かったのですが、1から勉強して息の長い女優になりたいとの思いが強かったんです。それから踊りや歌を放課後に猛練習して、何とか蜷川さんが学長を務める大学に入学できました

「世界一、忙しい学校へようこそ」。入学式での歓迎の言葉に偽りはなく、始発で登校し終電で帰る毎日。そのうえ、夜中の2時からダンスの個人レッスンに励むなど、睡眠時間は3時間に満たないほど多忙を極めていたそうです。

それでも、好きな演劇の勉強ができていたので、体力的なつらさはなく、むしろ楽しさのほうが勝っていました

卒業公演では主演を務め、その後はCMやドラマ、映画といった映像作品を中心に、森光子さん主演の舞台「雪まろげ」にも出演。女優としてのキャリアを着実に積み上げていったのです。

  • 女優としてCMに出演されていた頃の岡西さん

ところが、ある悩みに岡西さんは苦しんでいました。

当時はコミュニケーションが苦手で…。演劇はチームで創り上げるものなのですが、どうしても人付き合いが上手くできませんでした。よくしてくださる先輩方にもそれが本当に申し訳なかったです

そうして心を塞いでいたところ、不思議な体験をします。たまたま実家で過ごしていると、遊びに来ていた知人夫婦が冷蔵庫を指差して、こう言ったのです。

冷蔵庫に貼ってあった私の書を見て「これ、佑奈ちゃんが書いたの?」と。それで、「すごく良いから、また書いてみれば」って仰ってくださったんです。私は女優を志してからは書道の道具を押し入れにしまい、書を封印していました

知人夫婦が帰った夜9時頃、岡西さんは書道の道具を引っ張り出し、4年ぶりに筆を執りました。すると、全身に稲妻が走ったような感覚に襲われ、そのまま明け方近くまで書を書き続けたそうです。

涙があふれてきて、何とも言えない幸福感に包まれました。書家として生きていく覚悟はすぐに決まりましたね


Contemporary Art
3年目にして書家としての地位を確立。
書を超えて現代アートの領域へ

女優業を電撃的に引退し、書家として生きることを選んだものの、現実はそう甘くはありませんでした。当時、書家は社会的に広く認知された職業ではなく、とりわけ岡西さんのような若い人はほとんどいない状況。最初は経済的に厳しく、毎月ギリギリの生活を送っていたそうです。

女優業のオファーもいただいて正直心が揺れたりもしましたが、私としては書家の活動に集中したかったので、お断りしました。そんな中、店舗の看板や広告などに意外と筆文字が多く使われていることに気づいたんです。異業種交流会に参加しては、ひたすら名刺を配り、企業にアプローチして仕事を探しました。相変わらずの人見知りで大変でしたが(笑)

地道な努力が実を結び、依頼は徐々に増加。3年目には初の個展開催にこぎつけます。自身の想いをぶつけた作品を、多くの人に観てもらったり、購入してもらったりする経験を経て、「やっと書家になれた」と手応えを感じ取った岡西さんは、ここから活動の幅を広げていきました。現在の仕事は、企業依頼の作品や題字、ライブパフォーマンス、そして展覧会などのアーティスト活動がメインです。

企業さまからのご依頼は、ロゴや商品のパッケージ、店舗の看板、テレビ番組の題字など多岐にわたりますが、いずれにせよイメージやニーズをおうかがいし、応えていきます。「感動しました」「お店が繁盛しました」と言っていただけると、やりがいを感じます

一方、アーティストとしては、書を超えて現代アートの領域にも踏み込んで表現しています。

長い歴史を有する書は、完成品を崩すことで芸術になると思います。反対に、現代アートは何もないところに自身の概念を乗せて創っていくもの。今はゼロから生み出したい思いが強く、現代アートにも力を注いでいます

白と黒のモノクロームで表現する書とは違い、現代アートは使う色だけでなく素材も自由。石や葉っぱなどの自然界にあるものを活用して描くこともあるそうです。

ただ、もちろん書家として世の中に貢献できることはどんどんやっていきたいです。例えば、小学生に向けた書道教室をボランティアで不定期に開催しているのですが、そこでは自分の名前を書いてもらうようにしていて。名前は自分を映す鏡のようなもの。名前をしっかりと丁寧に書くことで、子どもたちに命の大切さを伝えられればと考えています


Roots
原体験に基づく自分の使命を信じて、
自分らしく生きる

表現のテーマに「万物の調和」を掲げる岡西さんですが、自身の原点を探ったとき、幼少期の記憶が呼び起こされたと言います。

母の実家は自然が豊かなところでした。木々や流れ星など、自然界には曲線しかないんですね。東京で生まれ育った私は、この曲線美に惹かれていました。その最たるものがサメです。3歳の頃から大のサメ好きで、今でも研究を続けていてサメとダイビングしたりもしています。サメを表現した作品も発表していますよ

  • サメの泳いでいる流線型を描いた作品「青曲」シリーズのひとつ

岡西さんが曲線美を重んじる書を始めたのは必然だったのかもしれません。

幼い頃の純粋な感性で感じたことには意味があるように思います。その原体験を信じて行動を起こしてみるのも良いのではないでしょうか

また、自分らしく生きることが何より大切だとも。

女優時代、コミュニケーションに疲れていたときに母から「自宅で気を抜いている今のあなたの方が素敵よ」と言われて、それが今でも心の支えになっています。「自分をよく見せたい」「他人によく思われたい」という感情は誰しもにありますが、「自分らしく、あるが儘に」を意識し続けることで少しずつ変わっていけるのだと思います

「自身の手で創り上げたものに嘘をつきたくない」。「万物の調和」を願い、地球環境問題について訴える岡西さん。アーティストである前に人としての想いをぶつけていきたいと語ってくれました。

私は、線で描いてきた美しい自然や、大好きな鮫が泳ぐ青い海を守りたい。今、国連の掲げるSDGs※の中でも私にとって想いの深い「海の豊かさを守ろう」をテーマにしたアートプロジェクトを主宰しているのですが、夢は海底での個展開催です。サンゴを植えた人しか参加できないといった条件付きで。人間の欲望が行き過ぎている今、どんどん地球は壊れていっています。それを取り戻すべく、私にできることをしていきたいですね

※持続可能な開発目標

女優から書家・現代アーティストへ。舞台が和紙やキャンバスだったり、キャストが筆だったりするだけで、表現者としては何も変わらないと断言する岡西さん。混沌とした世界に向けて次々とメッセージを発信できるのは、原体験に基づく自分の使命を信じ抜いているからこそでしょう。

あなたにはどんな原体験がありますか?

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アート引越センターは、一件一件のお引越に思いをこめて、心のこもったサービスで新生活のスタートをサポート。お客さまの「あったらいいな」の気持ちを大切に、お客さまの視点に立ったサービスを提供していきます。



岡西佑奈
7歳から書を始め、高校在学中に師範免許を取得。国内外で多数受賞。
現代アート「青曲」「紅畝」「真言」を発表し、書と共に世界の展覧会に出展。
SDGsや子どもへのワークショップに意欲的で、環境保護をテーマにアートの力で世の中を変えていく「岡西佑奈アートプロジェクト真言~Return to True Blue~」を主宰し、3月日本橋で開催して好評を博し、奈良の東大寺でも11月16日より開催される。同時期に初の作品集も発売される。
https://www.okanishi-yuuna.com

interview photo : Kei Ito

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