あらためて振り返ると、粗品のコメントで最も『THE W』の本質をついていたのは「スカしたらあかんよ」だった。
粗品は番組冒頭で紹介された際の第一声が「『女やからおもんない』とか、『女のくせにおもろい』とかそういうのは一切抜きにして真摯に審査したいと思います」。これは「スカさないで向き合って審査する」という宣言だろう。
しかし、粗品が最初の審査コメントで「前半が振りにしてもおもんなすぎる」などと語っている時、MCの後藤が「探偵の方ですか?」と話をさえぎってしまった。言わば後藤は厳しいコメントを止めようとしたのだが、過去8回の放送ではそのようにスカすことで「女性に優しい」「レベルの低さを指摘しない」というムードを保ってきたのだろう。
それでも粗品は後藤のスカしに応じず、「本気の審査員です。続けていいですか」とコメントを続行。その後、エルフ・荒川から「『THE W』から出て行ってくれませんか? 迷惑なんです」と言われた際も「スカしたなお前も」と返していた。
粗品は「ネタを競い合う賞レースである以上、ゆるいムードでごまかすのではなく、もっと熱く真剣に向き合うべき」「そうでなければレベルアップしないし、他の賞レースのような緊張感は生まれない」と言いたかったのではないか。
しかもこの「スカしたらあかんよ」は出場芸人だけでなく、制作サイド、審査員、観客、視聴者と『THE W』にかかわるすべての人々へのメッセージに見えた。
お笑い好きだけでなく一般層も見る地上波ゴールデンタイムの賞レースだからこそ、「必ずしもレベルが高くなければいけない」というわけではないだろう。たとえば、レベルが最高峰でなくても、緊張感が高い生放送の大会であれば、それだけでエンタメ性は高い。
さらに年々少しずつレベルアップや賞レースとしての成長を見せていけたらそれもエンタメ性につながるが、これまでの「スカした」ムードがそれを阻んでいたように見えてしまう。『THE W』最大の問題はレベルや女性限定ではなく、粗品が指摘した「スカした」ゆるいムードなのかもしれない。
制作側と審査員にスカしたムード
制作サイドには、その他の構成・演出でも、「スカした」ゆるいムードの心当たりがあるのではないか。
番組スタートから1分が過ぎたころ“大会オブザーバー”として、あの、手越祐也、フェンシングの江村美咲、陸上競技の福部真子が紹介された。手越は翌日放送のドラマ『ぼくたちん家』の番宣、あのは粗品との関係性で話題性要員、残りの2人はアスリート美女枠であり、いずれも視聴率を上げるためのキャスティングでしかない。
放送中4人の笑い顔だけでなくコメントもふんだんにはさまれたが、これも他の賞レースにはほとんど見られない制作姿勢であり、真剣勝負の緊張感を削いでいた。ちなみに最終決戦のネタに対する審査員のコメントはほぼなく、賞レースとしてのバランスを欠いた感は否めない。
粗品以外の審査員もこれまでのゆるいムードに慣れていたからなのか。厳しさどころか、改善点をうながすようなコメントも少なかった。なかでも唯一、変化が見られたのは、友近の審査第一声。紺野ぶるまに向けた「こっちも『面白いところ探そう探そう』って何か一生懸命になることなく、面白いものを提供くださった感じがして安心して見れた」というコメントに本音がこぼれ、『THE W』審査員の難しさが表れていた。
今後『THE W』が発展していくのなら、レベルが高くないことを前提にしつつ、いかにそこからの成長を見せる大会にしていくか。審査員は成長をうながすコメントをしていくか。制作サイドはレベルに合わせた賞金に下げつつ、代わりに成長をうながす場を提供していくか。スカしてごまかさず、背伸びもせず、現況を受け入れることで、世間の人々を引きつけられるように見える。
ちなみに賞レースの最高峰である『M-1グランプリ』は必ずしもネタ番組の最高峰とは限らない。事実、出場芸人は「結成15年以内」に限定され、ネタ時間は「4分」と短く、技術的にはもっとハイレベルな芸人がいて、ハイレベルなネタもあるのだろう。
しかし、「人生が変わる」「この大会に懸ける」という緊張感などから賞レースとしての価値はズバ抜けて高く、ABCテレビのプロデュースによるところが大きい。もちろん芸人たちの奮闘は前提だが、それを引き出し、視聴者に共有する制作サイドのプロデュースが重要であり、『THE W』の成否は日テレ次第と言っていいのではないか。
せっかく粗品が悪役を買って出てくれたのだから、日テレが変わらなければいけないように見える。
