最後にスポーツ中継と芸能人のあり方についてふれておこう。
今大会は織田に加えて女優の今田美桜とボーイズグループ・&TEAMのKという陸上経験者の20代2人を起用。ファンの若年層を集めるとともに、ライト層に向けたビジュアル面での効果も期待されていたのは間違いないだろう。
2人は慣れないポジションながら懸命に挑み、ネット上には肯定的な声もあがっていた。ただ、「織田という“『世界陸上』の顔”がいたことで矢面に立たずに済んだ」という点は否めず、評価の対象とはなりづらいのではないか。もし2人が今後の『世界陸上』にも出演していくのなら、公私を問わず陸上競技を追いかけていくなどの積極的な姿勢を見せることが必要かもしれない。
一方で拒否反応が目立ったのは、最終日の『スターアスリート感謝祭』に出演したバナナマン。最後に出てきて進行役を担ったが、実質的な役割は極めて少なく、名前と顔を借りたような出演だった。そもそも制作サイドには「芸能人を呼んだからにはコメントさせなければいけない」という意識があり、彼らのパートを作るが、視聴者が見たいものからどんどん離れていくのがつらいところ。TBSに限った話ではないが、スポーツ中継における芸能人頼りの構成・演出がまだまだ残っていることを改めて感じさせられた。
東京開催の『世界陸上』と言えば、91年大会を思い出した人は多かったのではないか。当時、中継に出演していた長嶋茂雄氏が男子100m王者のカール・ルイスに「ヘイ、カール!」と声をかけたシーンをいまだに覚えている人も多いだろう。当時、日本テレビが中継していたこともあって野球界の長嶋氏を起用したのだが、笑いのネタにされるケースが目立つなど陸上競技の本質からは離れていた。
「織田裕二」という高いハードル
以降、サッカー、バレーボール、バスケットボールなど、現在までさまざまな国際大会の中継で芸能人の起用が続いている。実際のところ、どの芸能人を起用しても批判は必ず出るだけに、それができるだけ少ない人が求められているのかもしれない。一定の競技経験があることを前提にしつつ、「多少の批判ならスルーできる」くらいの好感度がほしいところだろう。
その上で大切なのは、その競技への愛情や熱量をどれだけ感じさせられるか。入念な準備をし、選手への取材を重ねるなどの努力を続けられるか。さらに言えば、選手たちのプレーを心から楽しみ、応援する等身大の姿を見せられるか。その点、織田は「陸上に興味がなかった」ことを正直に明かした上で努力を重ねて愛情と熱量を育み、時間をかけて信頼を得ることができた。
だからこそ制作サイドには、大会の顔に据えた人を5年・10年単位で継続起用していく長期的なプランが求められている。もちろんオファーを受ける側の芸能人も織田のようにライフワークにするくらいの意気込みが求められていくのではないか。
テレビが多くの人々に向けた無料放送であり、ライト層を集めなければいけない限り、今後も多かれ少なかれ、スポーツ中継への芸能人起用は続いていくだろう。ただ、多くの日本人が「『世界陸上』における織田裕二の存在感と魅力」を知ってしまっただけに、競技を問わず起用のハードルが上がったことは間違いない。起用するほうも起用されるほうも、批判と隣り合わせのリスクを追うことになりそうだ。
