放送最終日の残り約90分で放送された『スターアスリート感謝祭』で進行役を務めたバナナマン・設楽統が織田に話を振るシーンがあった。しかし織田は「僕? 僕じゃなくて三浦選手に聞きたい」と自分は語らず、スタジオに登場した3000m障害8位入賞の三浦龍司に質問を開始。「番組の顔である織田に語ってもらおう」という制作サイドの意図を無視してアスリートと競技をフィーチャーしようという姿勢を見せた。
視聴者としても「三浦龍司の声を聞きたい」と同時に、織田が「何とかアスリートにスポットを当てよう」と配慮する姿を見られることも醍醐味の1つ。スポーツ中継でこのような振る舞いができる芸能人はなかなかいないだろう。
今大会における織田は大会前の番宣から存在感が際立っていた。1月3日の『マツコの知らない世界 新春SP』と3月29日の『オールスター感謝祭’25春』で早くからPRしたほか、開幕直前には『マツコの知らない世界』『日曜日の初耳学』『ジョブチューン』『バナナマンのせっかくグルメ!!』『まさかの一丁目一番地』『この歌詞が刺さった! グッとフレーズ』などにも連続出演。陸上競技の魅力を語るだけでなく、各番組の各コーナーを全力で楽しみ、「キターッ!」などの強引な振りにも笑顔で応える姿を見せていた。
番宣でも全力で楽しもうとする姿は『世界陸上』での織田そのものであり、ネット上には「織田裕二も変わったな」などの好意的な声があがっていた。なかでも象徴的だったのは、『日曜日の初耳学』でのコメント。
「仕事をする上で大切にすること」を聞かれた織田は、「昔は『仕事を楽しむ』って何なめたこと言ってるんだろう。『真剣勝負の場だろう』って思ってましたけど、(今では)楽しんだものが勝つ。だって『人生、何が最終目的か』って僕は幸せになること。一番時間を占めているもの(仕事)を楽しいと思えたら幸せじゃないですか」と穏やかに語っていた。25年にわたって『世界陸上』のメインキャスターを務める中で、織田の考え方が変わり、人々の共感度が増しているのかもしれない。
再登板のオファーは必至だが…
そして、あらためて21日のラストメッセージを振り返ると、陸上の本質を端的に語り尽くすような絶妙な言葉選びに驚かされた。
まず織田は「世界陸上は政治や戦争に左右されない、真の世界一は誰かを決める、2年に一度行われる陸上競技の最高峰の大会です」と大会の概要を語り、次に「約30年この大会を見てきました。当初は日本人選手が少なくて、誰を応援したらいいかわからずに、ただ選手たちの運動能力の高さに驚かされて、圧倒されて。そのうち『もう何ジンだから応援するなんてどうでもいいな』と思うようになって」と実感を交えてこれまでの歩みを総括。
さらに「人類はどこまで遠く、速く、跳べるんだろうか。いろんなものを背負って選手は戦ってます。そこには選手の数だけ人間ドラマがあります」とアスリートの思いと視聴者の醍醐味を代弁し、最後に「次は2年後の中国・北京での開催です。私はテレビの前でビール片手に楽しみます。たくさんの感動をありがとうございました」と次回予告、自分のスタンス、感謝の言葉を添えて締めくくった。
番宣から、大会中、ラストメッセージまで、単に長年やってきたからではない説得力十分の言葉が続いただけに今後、他の芸能人が織田を超えることは難しいのではないか。今大会終了後、「ロス」の声が飛び交っているように、むしろ「織田裕二と『All my treasures』は『世界陸上』に欠かせない」という印象が強くなった感がある。
制作サイドはそんな世間の期待に応えるべく無理を承知で再登板を依頼するのかもしれない。しかし、それでも再登板が叶わなければ、次はどんな“『世界陸上』の顔”を考えるのか。
才能あふれる若きアスリートが多く、翌年にオリンピックを控え、時差がほとんどない北京開催など、多くの人々が視聴できる環境が整っている。元アスリートとアナウンサーだけで乗り切るのか。それとも新たな芸能人を起用するのか。制作サイドには織田のように長いスパンで視聴者とともに番組の顔を作り上げていく姿勢が望まれる。