8月はじめ、米国の権力序列ナンバー3といわれるペロシ米下院議長が台湾を訪問したことがきっかけで、米中、中台を取り巻く情勢で軍事的緊張が高まった。

ペロシ下院議長の台湾訪問に反発した中国は8月4日、台湾を包囲するかのように実弾での射撃も含めた軍事演習を開始。

この軍事演習には、ペロシ米下院議長の訪問を許した台湾を懲罰的に威嚇するだけでなく、今後も台湾を包囲するような軍事演習を実施するための足がかりを作り出すことにある。今後も緊張が走る事態があれば、中国は同様の軍事演習を行うことだろう。

台湾に広がる有事への備え

また、圧力は軍事面だけでなく経済面にも及んでいる。中国税関当局は8月3日、台湾産の柑橘類や一部水産物の輸入を停止すると明らかにした。中国は昨年以降、台湾産のパイナップルや高級魚ハタなども一方的に輸入を停止している。今後も台湾産品目への輸入禁止等の圧力が強化される可能性が高い。

こういった状況を含め、台湾では近年有事を想定した動きがみられる。

例えば、台湾政府は今年4月、中国による軍事侵攻に備えて民間防衛に関する市民向けハンドブックを初めて発表した。このハンドブックにはスマートフォンアプリを使った防空壕の探し方、水や食糧の補給方法、救急箱の準備方法、空襲警報の識別情報などが記述され、有事の際に有効活用されることが期待されている。

また、昨年4月にも、台湾政府は有事の際に市民が早期に防空壕を発見できるように防空壕の場所を示すアプリの運用を開始。台湾にはマンションや工場、学校など各地に10万箇所以上の防空壕があり、有事の際にはアプリを有効活用するよう呼び掛けている。一方、防衛面でも今年3月、軍事訓練義務の期間を現行の4ケ月から1年に延長する案が議論されるようになり、多くの市民がそれに賛成しているという。

日本企業も他人事ではない

台湾市民の心境にも変化がみられる。台湾の調査機関「台湾民意基金会」が3月に発表した世論調査によると、台湾有事に対して米軍が協力すると回答した人が34.5パーセントと昨年10月の65.0パーセントから30パーセントも急落したことが分かった。米国はウクライナに直接関与しなかったが、台湾市民の間では米軍は台湾有事の際にも協力しないという懸念が強まっている。 

こういった軍事緊張の高まり、有事を想定する台湾政府の動き、変化する台湾市民の心境を、台湾に進出する日本企業はどう考えるだろうか。

台湾には2万人あまりの日本人が生活しているが、有事となった際、退避はウクライナの比ではない。ロシアによるウクライナ侵攻時、多くのウクライナ人は隣国のポーランドやモルドバなどに避難できたが、ウクライナは陸続きである一方、台湾は海に囲まれており、退避は必然的に空か海となる。

しかし、中国が台湾を包囲する軍事演習を常態化させれば、有事の際、空や海の海路はすぐに封鎖される可能性がある。ペロシ氏の訪問直後、韓国の大韓航空は5日と6日の仁川・台湾便の運航を中止、アシアナ航空も5日の台湾直行便の運航を中止させた。

要は、軍事的緊張が高まれば最も有効な退避手段である民間航空機はすぐに機能不全に陥る可能性が高い。こういった現実を考え、日本企業としては早期の退避などを念頭に危機管理対策を前もって練っておく必要があるだろう。