日銀が緩和をすれば全ての経済問題が解決するような指摘は幻想

9月19日に日本銀行は資産買入等の基金を70兆円程度から80兆円程度に10兆円程度増額する金融緩和の強化を発表しました。その直前になりますが、欧州中央銀行(ECB)は国債の無制限買い入れを、そして米連邦準備制度理事会(FRB)は量的緩和第3弾(QE3)を決定していましたので、これで中央銀行が足並みをそろえた形となりました。逆に、追加緩和をしなければ日銀バッシングが一層ひどくなったことでしょう。

日本銀行本店

これまでこのコラムでも、そして拙著でも取り上げてきましたが、日銀が緩和をすれば全ての経済問題が解決するような指摘は幻想にすぎません。むしろ日銀を糾弾することばかりに執心すると、本当に考えなくてはいけない、あるいは改善されなければならないような日本経済が抱える根本的な原因が霞んでしまいます。本質と違う部分をいくら騒ぎ立ても問題はクリアできません。ピントがずれた批難であるからこそ、実際これまでの十数年、日銀がいくら緩和をしても実態経済が改善してこなかったということを今一度考えていただきたいと思います。

日銀だけでなく、どの中央銀行も資金を供給できるのは金融機関に対してだけです。我々の銀行口座に直接お金を振り込んでくれるわけではありません。したがって、金融機関から一般国民の口座に、あるいは企業の口座にお金が回っていかなければ、実態経済に日銀の供給したお金は回ってはいかないのです。しつこいようですが、

  • (1)日本銀行→金融機関(緩和)

  • (2)金融機関→民間(貸出し)

という2ステップが踏まれて初めて、我々の元に日銀から供給された資金が実際に流れてくるのです。この点については、認識が一般化されていないようなのであらためて指摘をしておきます。今は(1)だけが行われた状況ですから、民間に資金が流れ出ていくわけではありません。金融緩和をしただけですから、実体経済はバラ色にはならないのです。

2000年代、世界の中央銀行に先駆け大量の資金供給を実施していたのが日銀です。この点については第5回で取り上げましたので、今一度目を通していただければと思います。

【コラム】岩本沙弓の"裏読み"世界診断 第5回 日銀は本当に"悪者"なのか? - 「何もしない日銀」というバッシングの虚構

日銀が資金の大量供給をした2000年以降、給与は上がりましたか?

例えば日銀が資金の大量供給をした2000年以降皆さんの給与は上がったでしょうか。あるいは景気が回復したでしょうか。一時期、海外が住宅バブルに沸いた時は日本の株価も値上がりし、一部の輸出大企業などは好業績となったことがありました。しかし、この間一般国民の給与水準は上昇しておらず、非正規労働や派遣切りの問題などが続いていたかと思います。もし仮に、日銀の資金供給がダイレクトに民間に流れ込んでいるのだとすれば、世界に先駆けて大量の資金供給を実施したのですから、世界のトップに躍り出るような好景気を日本は謳歌しなければおかしい。しかし、実際にはそんなことなど全くなかったというのは皆さんの実体験から言えることかと思います。つまり、日銀が緩和しただけでは、機能不全を起こしている日本経済の回復には至らないのです。

日銀が緩和をしてもなぜ日本の景気は回復しなかったのか、なぜ我々の生活は楽にならなかったのか。それは(2)の部分が滞ってしまっているためです。本来であれば、日銀が供給した資金は金融機関からの貸出しなどを通じて企業などに流れることになります。企業はその資金で設備投資を行えば、例えば工場を立てる建設業が潤います。新しい工場で働いてくれる人を雇ってくれれば、雇用者へ給与が支払われます。(1)から(2)へとセットになることによって初めて、日銀からの資金が実体経済に回っていくことになるのです。

ところが、実際には金融機関はここ10数年、貸し出しを抑制したままです。その原因としては長らく続く不況により、貸出ししても大丈夫と思えるような企業の選定の目が非常に厳しくなったということがあげられます。体力のある大企業であれば融資はしますが、こうした企業は内部留保、すなわち企業内に溜まった収益がたっぷりとありますから、あらためて金融機関から資金を借りる必要はありません。景気の先行きが不安なため設備投資も雇用も手控えたままです。

逆に、資金の供給を切実に願う中小や零細企業などには貸し渋り、貸し剥がしなどが横行したこともありました。結局、民間にお金が回らないまま、日銀から供給された資金は金融機関の口座に溜まる一方となりました。これを金融業界では通称「ブタ積み」と呼んでいます。(豚には申し訳ない限りですが、無駄な資金の積み上げ、という意味で使っています。)

予定の金額を供給できない"札割れ"が日常化、銀行は「もう資金は要らない」

さて実際に資金を日銀が金融機関に供給する場合には固定金利オペレーションを実施します。具体的には金融機関が保有する国債などを日銀が買い入れるかわりに資金供給を行うというものですが、これまで応札額が入札予定額に満たない「札割れ」が頻発してきました。例えば、今年の8月1日時点で日銀は国債買い入れの入札額を8000億円と提示しましたが、それに対して手持ちの国債を差し出して資金を借り入れるという応札に応じた金融機関が少なく、結局金額としては3083億円分にしかならなかったのです。予定の金額を供給できないのが「札割れ」の状況です。そして、こうした札割れは日常化しており、従来よりも1兆6000億円と倍増した8月31日からは、9月4、5、7、11、13日までの6回、連続して札割れとなったことが伝えられました。

「札割れが起こっているということは、金融機関に十分な資金が既に行き渡っているため、金融機関がオペレーションに全額は応じようとしなくなる」、それほど「日本銀行が豊富に資金供給を行っていることを意味します」、日銀のHPの札割れの説明でもそう指摘がされています。つまり、金融機関も目ぼしい融資先も民間にもないので、いくら緩和を強化してくれても、もう資金は要らないというような状態になっているのです。

問題は日銀の緩和そのものではなく、既にあり余るほど供給された資金をどう民間へ、実体経済へと流していくか、という点です。これは融資の枠をより広げるような法的な整備をする、財政を出動させて政府が代わりにお金を使うようにする、という部分ですから、日銀の専管事項ではありません。

実体経済に流れて行くはずの水門をせき止めておいて、いくらお金を供給したところでもダムに水が溜まるだけです。日銀を非難しても水門は開放されません。開放される方法を考えて行動に移すのは政治家や政府の側です。こちらに焦点を充てなければいつまでたっても、いくら大量に資金供給をしても日本経済は好転しないのはこれまでの経緯が雄弁に物語っています。

執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)

金融コンサルタント・経済評論家・大坂経済大学 経営学部 客員教授。1991年より日・加・豪の金融機関にてヴァイス・プレジデントとして外国為替、短期金融市場取引を中心にトレーディング業務に従事。銀行在職中、青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程修了。日本経済新聞社発行のニューズレターに7年間、為替見通しを執筆。国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに選出。主な著書に『新・マネー敗戦』(文春新書)、『マネーの動きで見抜く国際情勢』(PHPビジネス新書)、『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由』(集英社)など。新著『世界のお金は日本を目指す~日本経済が破綻しないこれだけの理由~』(徳間書店)が発売された。