――これまでの反響で驚いたことは何でしょうか?

伊集院さんのラジオ(TBSラジオ『伊集院とラジオと』)にゲストに来たスタジオジブリのプロデューサーの鈴木敏夫さんが、石牟礼道子の『苦海浄土』を取り上げた回を見ていたく感動してくれて「あれを見てアニメ化したいと思った」と言ってくれたり、『久米宏 ラジオなんですけど』(TBSラジオ)の最終回に伊集院さんがゲスト出演した際に、久米さんが「ラジオのレギュラー番組を降りようと思ったきっかけのひとつが『100分de名著』を見たことだ」っておっしゃってくれたりしました。久米さんは能楽師の安田登さんが講師を務めた『平家物語』の回を見てくださったそうなんですが、安田さんは朗読もご自身でやられたんです。久米さんはその朗読に驚いたそうで。実は安田さんは久米さんの番組にもゲストに来ていたんだけど、その本当のすごみを自分は引き出せなかったと。もちろんリップサービスが入っているとは思いますけどね。

爆発的な視聴率はないですけど、業界の重要な方々が熱心にご覧になってくださっているのも、生き残っている理由のひとつかもしれません。

――名著選びの難しさはありますか?

先ほど言ったとおり、現在起こっている問題とダイレクトに直結するような本を選ぶんですけど、難しいのはテキストの執筆があるということ。放送前月に刊行されるので、当然それまでに執筆していただかなければならない。その準備期間を考えると、だいたい1年前にネタを仕込んで、企画は最低8カ月前には決めなければならないんです。

たとえば、アメリカで白人の警察官が黒人の方を死亡させた事件をきっかけに「ブラック・ライヴズ・マター」という運動が起こりました。「この問題を考えるヒントになる名著を取り上げねば!」と思ったんですが、今から企画しても放送はどんなに早くても7~8カ月後になってしまう。放送される頃には運動も沈静化しているかもしれないと思ったんですが、差別問題は普遍的なものなので、あまり知られていない本なんですけどフランツ・ファノンの『黒い皮膚・白い仮面』を取り上げました。そしたら放送前からテキストが増刷されるほど反響を頂きました。ちょうど、元首相の女性差別発言騒動や大坂なおみ選手が人種差別に抗議を続けている時期と重なったんです。どうやったら普遍的なテーマになるかを限界ぎりぎりまで考え抜いてやれば、多少タイムラグがあっても見てもらえるんだって勇気づけられました。

■伊集院光に感じる「天性の地頭の良さと直感力」

――講師選びの基準はどのようにしているのですか?

研究者として優れているからといってこの番組に適しているわけではないんです。やっぱり伊集院さんという存在がいて、いまは安部みちこアナウンサーという司会がいる。その2人と講師の方との響き合いが起こったときに面白くなるんですよ。僕はそれを「語りの空間」と呼んでいるんですが、良いことを言って終わりではなく、応酬と響き合いが起こったときに視聴者を巻き込めるんですよね。

だから、実際に何度もお会いして、自分の論を語るだけではなく、相手からも引き出せるし、どんな変化球でも受け止められて「語りの空間」を立ち上げられる人かどうかを見極めて決めています。

  • 10月24日放送「折口信夫『古代研究』」の講師・上野誠氏 (C)NHK

――伊集院さんにはどのタイミングで題材を伝えるのですか?

伊集院さんは番組を引き受ける際に「自分は読まずに行きたい」とおっしゃったそうです。視聴者代表として何も知らない立場で臨まないと、視聴者を置いてけぼりにしちゃうと。だから収録の1時間くらいに初めて台本を見せます。しかも、伊集院さんのセリフの部分はほぼ「(感想)」としか書いてない(笑)。その打ち合わせのときに、概要を聞いて、この話にこのエピソードはハマるかな?って僕らに確認するんですけど、だいたい当たっていて、天性の地頭の良さと直感力のすごさを感じます。あと、ラジオなどでいろんな人と話をしているから引き出しも多いし、それが即座に出てくるんですよね。

  • 伊集院光 (C)NHK

――この番組は伊集院さんが深夜ラジオ並みに内面も語っていますよね。

そうなんです。ご本人が「俺、こんなこと言ってけど、深夜ラジオでも言いませんよ」っていう回が何回もありますから。ご自身がひきこもっていた時期の生々しいエピソードも赤裸々に話してくださり、それがまた胸に迫るような内容で、本当に感謝しています。

――最初の解説VTRを見た後に「わっかんないなー」みたいに伊集院さんが言っていると、「あ、当たりの回だ!」って思います。

そうそう、途中で突然「今、ちょっとわかりました!」ってスイッチが入ったように独自の解釈をしていくんですよね。伊集院さんはご自身で「無知との遭遇」って表現してますが、普段は頭のいい学生たちに囲まれている先生に、ご自身いわく「中卒で何の教養もない自分」が突拍子のない質問を投げかけると、“ビッグバン”が起こる。それがこの番組の醍醐味だとおっしゃっていて、そのとおりだと思います。伊集院さんの解釈で「論文が1本書ける」とおっしゃった先生もいらっしゃいました。

――伊集院さんと講師の方と解釈がぶつかることも、よくありますね。

そうですね。僕らの番組でよく誤解されるのは『100分de名著』というタイトルのとおり、どうせいいところだけ噛み砕いてたった100分でわかるみたいにしてるんでしょって。そんなの本を読んだことにならないと。でも、そうではなくて、いろんな解釈が出ることで、ちょっと“問い”が残るんですよ。全部わかったでは終わらない。なんかモヤモヤとか疑問とか、この先どうなるんだろうとか、そういうものをあえて残しているんです。