小籔千豊

――和田さんと言えば、小籔千豊さんが『すべらない話』(フジテレビ)で披露された「オーベルジーヌ」の話(※2)をぜひ聞いておきたいなと思っていまして。

(※2)…テレビ局の楽屋に用意される弁当で、欧風カレーの「オーベルジーヌ」の頻度を増やしてほしいと頼む小籔と、何度聞いてもその依頼に応えられないAP(アシスタントプロデューサー)との間で繰り広げられた長期間にわたる攻防。

あれは『BAZOOKA!!!』で僕がよく小籔さんの楽屋にいて、そのときに起きた事件なんですけど、僕はずっと小籔さんに「『すべらない話』でオーベルジーヌの話してくださいよ」って何回か言ってたんですよ。でも、APの子をこき下ろしちゃうかもしれない話なので、「ネタに困ったときのために取っときますわ」って言ってたんですね。それで数年後に「和田さん、オーベルジーヌの話、今回しようと思います」って連絡が来て、APの子に連絡したら「全然いいですよ」と言ってくれたんで、小籔さんと夜中に長電話して「あの時こうでしたよね」「ここは何週か開きましたよね」って状況を整理したんです。小籔さんは普通の芸人さん以上に話を盛るのが嫌いなんで、事実関係を確認するために。

その後、(フジテレビの)湾岸スタジオ歩いてたら、『すべらない話』の収録に参加した芸人さんや吉本のマネージャーさんの会う人会う人が「和田さん、あれ面白かったですね」って言ってきて。たしかにあの現場に僕もいたんですけど、そこまで自分が話に出てると思わなかったんですよ。小籔さんとAPさんの話だと思ってたのが、OA見たら完全に3人の話になってて(笑)。しかも全部実話なのに、“すべらない話”として仕上がる感じに、芸人さんってやっぱりすごいなと思いましたね。

――実際の現場を知って、“すべらない話”としての仕上がりも見られるというのは、貴重な体験ですよね。

たしかに異常な体験だったんですけど、僕の描写とか怒り方とかも含めて、やっぱり話芸のすごさを感じました。一言一句全部本当で、唯一違うことと言ったら、僕が関西弁じゃないことだけですよ(笑)

■レジェンド2人からの金言「誰もやったことのないものを」

――今後こういう番組やコンテンツを作っていきたいというものはありますか?

有吉(弘行)さんが『なるほど!ザ・ワールド』(フジテレビ)をやるというときに僕は演出というポジションで参加させてもらったんですけど、その1回目の収録に番組創始者の王東順さんが来ることになったんですね。「別に口出しされなければいいや」と思ってたんですけど、収録中サブ(副調整室)に座って、紙にずっとメモってるんですよ。「いやぁキツいなあ。20年前のテレビとは違うんだから、そんなダメ出ししなくても…」と思って、収録が終わったら王さんのメモが4枚ほど来たんです。でも、それを見たら本当に崩れ落ちるくらいダメ出しが素晴らしかったんです。あのお歳で、俺たちの弱点がめちゃくちゃ分かってるんですよ。

――どんなことが書いてあったのですか?

これが一番忘れられないんですけど、「有吉くんとのMC打ち(合わせ)が甘い!」って1行書いてあったんです。『なるほど!ザ・ワールド』って、正解でなくても惜しい答えを愛川欽也さん(初代MC)の采配で正解にしちゃうんですよ。でもその収録では、有吉さんが「これ惜しいけどどうなの?」ってときに、フロアにいるスタッフのことを見て、こっちから「OKでいいです」と伝えて正解を出したシーンがあったんです。これが「甘い!」とはどういうことかと言うと、正解か不正解かを決めていいのは有吉さんだけなんだと。本番が始まってしまったら、MCはスタッフの言うことなんて聞かなくていい。番組のマスターオブセレモニーというのは、そういう責任を持って仕事を受けてるんだから、そうやって番組を作らなきゃいけないっていうことが書いてあったんです。これを見て、「マジでこのコピーくれ」って言って、家宝になるくらい良いこと言ってもらったなあと思って、それからは自分の番組に生かしています。

王東順氏

あまりにも感動したから、王さんとご飯食べに行かせてもらって、「これ金言だなあ」って思いながらいろいろお話を聞いたんですね。そしたら、もうレジェンドの人が「俺が27時間テレビの総合演出を任されたら27時間生ドラマやりたい」ってやる気満々なんですよ。それで、「どんな気持ちで今まで番組を作ってきたんですか?」って聞いたら、「とにかく他局でも局内でも、他のディレクターや今までのテレビマンが絶対にやってないことだけを探してきた」と言うんです。

で、その1週間後くらいに『全裸監督』でおなじみの村西とおる監督と仕事することがあって、『BAZOOKA!!!』の企画のプレゼンとかしてたんですけど、そのとき雑談で「君も映像の監督という仕事をしてるんだったら、絶対に他人が撮ったことのないものだけを撮らなきゃダメだよ。それだけを守って作品を作っていきなさい」って言われたんです。王さんも村西さんも70歳くらいですよ! そのアラセブン2人から1週間違いで、まっすぐな目で同じことを言われたんですよ。僕はその時点で40歳超えてたんですけど、すごく感じるものがあって。だから「作っていきたい番組」の質問ですが、やっぱり誰もやったことないものを作っていこうと強く思ってますね。

――ご自身が影響を受けた番組を挙げるとすると、何ですか?

もともとテレビは全然見ない子供で、深夜ラジオが好きで、『とんねるずのみなさんのおかげです』(フジテレビ)も、火曜日のとんねるずさんの『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)を楽しむために見てたという逆の感じなんですよ。とんねるずさんって、「港っち」(=港浩一氏)とかスタッフの名前をめちゃくちゃ出してて、こういう人たちが支えて一緒に作ってるんだなって存在を知っていくんですね。

そして、『(天才・たけしの)元気が出るテレビ!!』(日本テレビ)の「ダンス甲子園」が好きで、その公開収録が江ノ島であって見に行ったんです。そしたら、ダンスのステージの途中でおじさんが出てきて、高田純次さんと兵藤ゆき姐と打ち合わせしてるんですよ。それで収録が終わったと思って帰ろうとしたら、またそのおじさんがメガホン持って出てきて、僕らに「ダンサーがもう1回踊るので、さっきと同じように見てください」って言うんです。すると、同じ曲で違うダンスをしたり、失敗したところを撮り直したりして、そこで「あとではめ込んでいくんだ」って初めて編集というものを知るんです。今考えるとあのおじさんがディレクターだったんですよ。そういう体験から、あの仕事やってみようかなあと高校生くらいのときにうっすら思い始めた感じですね。

――いろいろお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に、気になっている“テレビ屋”をお伺いしたいのですが…

バラエティのスタッフって、総合演出とかディレクターとかいるじゃないですか。僕はどっちもやることがあるんですけど、使う能力が全然違うんですよ。『水曜日のダウンタウン』でいうと、藤井健太郎という司令塔として全体を見る総合演出がいて、彼のやりたい世界の表現者として、現場を回す水口(健司)くんとか池田(哲也)くんというディレクターがいる。僕の入ってる『スカッとジャパン』の総合演出の木月くんは、僕をロケのことも編集のことも分かってるチーフ作家さんのような位置づけで使います。そういうところは、本当に使い方がうまいなと思いますね。こうやって番組の向き合いによって脳みその使い方が全然違うのが面白いんですよ。

そういう感じで、どんな指揮官にも離さず横に置いておきたいNo.2のディレクターがいるんですけど、その代表格が長沼昭悟さんです。有吉さんの番組とかをよくやってるんですけど、撮ってくる飯が死ぬほどうまそうなんですよ。総合バラエティでも何でもできる人なんですけど、ご飯を撮らせたら圧倒的に日本で一番ですね。

  • 次回の“テレビ屋”は…
  • 『有吉の夏休み/冬休み』『カジサック』ディレクター・長沼昭悟氏