電車が走るには電気が必要。多くの電車は空中の架線からパンタグラフで電気を取り込んでいる。そのパンタグラフの集電用の摺り板部分を観察すると、例外なく両端が下に向いている。新幹線のパンタグラフの摺り板も両端が下向き、古い電車の写真を見ても両端は下向きになっている。どうやら最新技術というわけではなく、パンタグラフの端は下向きになっていなくてはいけないらしい。

古い電車もパンタグラフの端は下向き(2009年の福井鉄道のイベントにて撮影)

北陸新幹線W7系のパンタグラフ。両端が下向きに曲がっている(開業前の試乗会にて撮影)

そういえば、正面から見ると摺り板部分は鳥が羽ばたくように見える。もしかして、鳥の羽のように浮力を発生させて、パンタグラフを架線に押しつける役割だろうか。

ある鉄道会社の車両基地を見学したとき、電車の点検担当者に聞いてみた。

真上(真下)から見ると、架線は摺り板に対して斜めに張られている

「あの部品は『ホーン』といいます。『角(つの)』という意味です。架線をパンタグラフの摺り板に載せる役割があります。架線がパンタグラフの摺り板から離れてしまった場合に、この形状だと元の場所に復帰できるんですよ」

架線が摺り板から離れてしまった場合に……というけれど、それなら端を上向きにしたほうが離れにくくなるのではないか。そもそも、曲がった部分は摺り板とは別の部品に見える。曲がった部分を取り付けず、摺り板をまっすぐに長くしたほうが製造コストは下がるように思える。

しかし、詳しく聞いてみると、ホーンを上向きにするとはとんでもないことだという。ホーンなしで平行のまま延長しても具合が悪い。ホーンは下向きに設置する必要がある。

図で説明しよう。まず、架線は一直線ではなく、左右に向きを変えて斜めに張られている。その理由は当連載第48回「知れば納得!? 電化路線の『架線』は一直線ではなかった」で説明した通り、パンタグラフの摺り板をまんべんなく摩耗させるためだった。

カーブや分岐器付近で車体が揺れた場合、または強風の場合に、架線が摺り板から離れてしまうかもしれない。これを「離線」という。単純に考えると、ホーンを上向きにすれば離線を防げる。

ホーンを上向きにすれば離線は防げそうだけど…

しかし、架線は始発駅から終着駅まで1本で張られているわけではなく、一定の区間ごとに分かれている。その区間の境目では、次の区間の架線が斜めに寄り添ってくる。ホーンを上向きにすると、横から接近する架線が妨げられ、摺り板に載れない。だから上向きはダメということになる。

では、ホーンを付けず、摺り板を長くした場合はどうか。長くしてもかまわないけれど、水平の場合は電車や架線が揺れたとき、架線が摺り板の下に入ってしまうかもしれない。絡まって断線し、大事故にもなりかねない。

ホーンが上向きだと、真横から近づく架線が載れない。ホーンなしだと架線が下に潜ってしまう可能性がある。ホーンが下向きなら架線がうまく摺り板に載る

そこで、ホーンは下向き、正確には滑り台のように斜め下向きの形状になっている。新たな架線が近づいても載せやすく、万が一外れた場合も、架線が元の場所に戻れるようにしている。電車に乗るとき、ホーンを観察してみよう。こすれたあとが見つかるはずだ。私たちの知らないところで、ホーンは意外にも活躍しているようだ。