本連載の第159回では「なぜ会議の内容が頭に入ってこないのか – 聞き手に問題がある場合」と題し、3つの要因をお伝えしました。今回はテーマを変えて、マルチタスクについてお話をします。

突然ですが、「できる人の仕事の様子」をイメージしてください。

もちろん人によってイメージは異なるでしょうが、中には「涼しい顔をして、多くの仕事を同時にこなしている人の姿」を思い浮かべた方もいるのではないでしょうか。

特に新入社員など若手の社員からすると、ベテラン社員が複数の仕事を同時にこなす「マルチタスク」をしている様子を見て「自分も早くこんな風に働けるようになりたい」と憧れる気持ちも分からなくはありません。

しかし、そのような憧れを不意にするようで心苦しいですが、マルチタスクはお勧めしません。その理由は「作業記憶」と「作業スピード」の2つの観点から説明できます。

1. マルチタスクは作業記憶を余分に使う

そもそも作業記憶(ワーキングメモリとも言います)とは何でしょうか。それは、ウィキペディアでは「認知心理学において、情報を一時的に保ちながら操作するための構造や過程を指す構成概念」と説明されています。要するに「何かしらの作業をするための情報を一時的に記憶する能力」と捉えることができます。

身近な例で考えてみましょう。ある人が、スーパーで食材を買うときに「今晩の夕飯で食べるカレーの材料を買おう」と決めて「カレーのルーと牛肉、ジャガイモ、ニンジンを買わなくては」と一時的に記憶していたとします。しかし、それに加えて「明日の朝食用にバナナ、リンゴ、キウイ、食パン、牛乳を買おう」「明日の夕飯で食べる麻婆はるさめに必要な豚ひき肉、はるさめ、長ネギ、ニンニク、豆板醤、片栗粉も必要だ」と記憶していたとします。

ここまでなら、記憶力のある人なら覚えておくことはできるかもしれません。しかし、カレーの材料と朝食で食べるものと、麻婆はるさめの材料をランダムに買い物かごに入れていこうとすると、恐らくは途中で買い忘れが発生してしまうのではないでしょうか。これは、同時に3つのカテゴリの食材について、「どこまで買って、何が残っているのか」という情報を余分に記憶しておく必要があるからです。

その一方で、まずはカレーの材料から買い物かごに入れて、次に朝食で食べるもの、最後に麻婆はるさめの材料、と順番に対応していけば、3つのカテゴリの進捗を同時に記憶しておく必要がなく、一度に必要な情報量が減るので買い忘れが減ると考えられます。

仕事においてもマルチタスクでは、それぞれの仕事の進捗状況を常に作業記憶として保持しなければならなくなるため、余分に負荷がかかります。マルチではなく、一つ一つ順番に対応することで作業記憶の負荷を減らし、着実に進めましょう。

なお、買い物の例では「何を買うか予めメモを書いておけばよいのでは」という突っ込みが入るかもしれませんが、そこは本稿の論点ではないのでご容赦ください。

2. マルチタスクでは個々のタスクの完了が遅れる

仕事をマルチタスクでやっている方が「バリバリ仕事をしている人」のように見えるかもしれません。しかし、忙しくしているからといって仕事のスピードが早いとは限りません。それどころか、マルチタスクで同時に複数の仕事をしている方がむしろスピードが落ちてしまいます。

たとえば、タスクA、タスクB、タスクC・・・タスクJと10個のタスクがあったとします。そして、それぞれのタスクを完了するのに、等しく3時間ずつかかるものとします。この場合、まずタスクAに集中して取り組んで、完了したら次にタスクB、さらにタスクCと順番に取り組むと、勤務時間が8時間であれば初日から3日間の進捗は次のようになります。

1日目: タスクAとタスクBが完了し、タスクCは2/3まで対応。
2日目: タスクC~Eが完了し、タスクFは1/3まで対応。
3日目: タスクF~Hが完了。
※合計8つのタスクが完了。

では今度は、マルチタスクで10個のタスクを1時間ごとに切り替えて対応したとします。すると進捗状況は次のようになります。

1日目: タスクA~Hをそれぞれ1/3まで対応。
2日目: タスクA~Fをそれぞれ2/3まで対応。タスクG~Jはそれぞれ1/3対応。
3日目: タスクA~Dが完了し、タスクE~Jはそれぞれ2/3対応。
※合計4つのタスクが完了。

各タスクの所要時間は変わらないのに、一つずつ完了させてから次に進んだ方がマルチタスクよりもタスクの完了スピードが早いことがご理解いただけたかと思います。

また、マルチタスクではタスク間の切り替えが頻発することによってその都度、「どこまで進んでいたかな」と記憶を呼び起こしたり、頭も切り替えたりしなければならないので時間的なロスはさらに大きくなってしまいます。

これらを考慮すると、スピードの面から見てもマルチタスクではなく順番に終えていく方がよいということになります。

以上、見てきたようにマルチタスクは作業記憶とスピードという2つの観点からやめた方がよいということになります。ご自身や部署内での仕事の進め方を見直すきっかけになれば幸いです。