本連載の第120回では「デジタル化による業務スピード向上を実現するために考えるべきこと」と題し、単純にデジタル化するだけでは業務スピードが向上しない理由と対処法をお伝えしました。今回は現場の業務を変えるときに直面する不平や不満にどう立ち向かうのか、その方法についてお話します。

新型コロナウイルスの新規感染者数の減少を受けて、政府は19都道府県に発出されている緊急事態宣言を9月末の期限で解除する方針を固めました。これによって各種制限が緩和され、出社抑制の要請のトーンが下がることが想定されます。しかし、これまでの間にテレワークに慣れてしまったことで、もう出社したくないという人も一定数いるでしょう。企業側の求人においても、2021年6月時点で勤務地を問わない新規求人数の割合が新型コロナウイルス感染拡大前の2020年2月より13.2倍になったという報道がありました。

当然のことながら求職者にとっては、勤務地を問わない求人は勤務地が限定されている求人より魅力的に映る場合が多いと考えられます。これは裏を返せば従来のような平日5日、フルタイムでの出社を前提とした求人では人が集まりにくくなるということです。

そのため、成長に欠かせない人材採用の強化や離職率の低下に本気で取り組む企業にとってはテレワークができる環境や仕組み、ルールや評価制度などを整備することが急務となっています。この状況を受けて、紙やハンコ、FAX等を用いたアナログな業務から脱せず、コロナ禍においても100%出社を前提としてきた企業でも業務のデジタル化と社員のテレワーク化、ひいてはDX(デジタルトランスフォーメーション)を目指すところも出てきています。

しかし言うは易く行うは難しと言いますが、特に歴史が長く人の入れ替わりが少ない組織では、自分たちの慣れた仕事のやり方を変えることに抵抗感を覚える人が多いものです。それにも関わらず、新しいツールや業務プロセスなどを無理やり押し付けてしまっては上手くいくはずがありません。

それではデジタル化やDXなど業務の変革を実現しようとする際、現場の社員から抵抗に遭ったらどう対応すればよいのでしょうか。以下では対応のコツについてお伝えします。

まずは相手の気持ちに寄り添おう

全社的な業務変革の取り組みを考えるのは大抵、経営企画などの部隊であることが多いかと思います。そこでは様々な角度から業務変革を議論するために何日もかけて侃々諤々の議論を行うことでしょう。その上で、業務を効率化したり業務品質を向上したりするための打ち手を考え、現場の社員に説明することになるでしょう。

しかし、説明を聞く相手にとってはあくまでも初めて聞く話です。それまでの議論の経緯など全く知らない状態で、「こうすれば効率が上がるから今までのやり方を変えてください」と一方的に説得されるだけでは、「押し付けられた」と感じて反発しても無理はありません。

最初から「会社の決定事項だから従ってもらう」という態度で臨むのではなく、まずは現場社員の信頼を得ることに注力しましょう。そのために有効なのが「傾聴」と「共感」です。取り組みの趣旨と概要、協力してもらいたいことを一通り説明する前に「説明の途中でもよいので何か引っかかったことがあったら遠慮なく話してもらいたい」と一言添えておき、相手が何か不安や不満を述べたら遮らずに最後まで聞くようにしましょう。

その際、「それは違う」とか「あなたは何も分かっていない」などと相手を否定する言葉を発してしまってはいけません。相手の不安や不満に共感する姿勢を示して、「私はあなた方の敵ではない」と態度で分かってもらうことが大事です。

相手の不安や不満に応じて対応のレベルを調整しよう

「傾聴」と「共感」によって相手から信頼してもらうための土台が出来たとしても、それだけではまだ道半ばです。相手がせっかく話してくれた不安や不満に対して具体的な対応を示す必要があります。そうでなければ「結局、話を聞くだけで何もしてくれないのか」と却って不信感が増幅してしまいます。

もちろん、全ての不安や不満に対して相手が100%満足できるような打開策を提示できればよいのですが、そのようなケースはあまりないのが実情でしょう。そこで、「それなら仕方ない」と思ってもらえる状態を目指します。

現場社員が取り組みに対して話す不安や不満には、些末なものから真に重大なものまで入り混じっていることが多いでしょう。そこで、真に重大なものとそうでないものを区別して対応することが必要です。区別するためには「一過性のものか永続するものか」という時間軸、「個人的なものか組織的なものか」という空間軸で評価するのも一つの考え方です。

例えば新しいツールを導入する際に「私は手書きの方が慣れているから、新しいシステムにパソコンで入力する方式では却って効率が下がるからやりたくない」という不満であれば、新しいツールに慣れるまでの「一過性」のことであって、かつその人だけの「個人的」な事情なので、ツールの使用方法を教える人を紹介したり、3日間だけ派遣したりするなどの表面的な対応で済ませればよいでしょう。

その一方で、相手から「新しいツールの導入には反対です。今あるツールから資料をダウンロードして加工して新しいツールに取り込むのでは、却って今までより手数が増えてしまいます。」といった不満ではどうでしょうか。これは放置すると問題が「永続」してしまい、かつ使用する人全員にとっての「組織的な」ものなのでシステムの要件見直しなどの根本的な対応が必要でしょう。

それまでやってきた仕事の内容や手順、ルールなどを変えることには不安や不満が付き物です。その気持ちに寄り添って対応することで最低限の信頼を得た上で、不安や不満の内容に応じて表面的な対応で済ませるのか根本的な対応をするのかの判断を適切に行いましょう。