いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が発令され、店舗営業をするお店が限られているため、しばらくはテイクアウト特集。今回は、荻窪のおそば屋さん「天沼 長寿庵」です。
昔ながらのおそば屋さんの魅力とは
荻窪駅の北口に、教会通りという商店街があります。文字どおり、いちばん奥の天沼教会まで続く、数百メートルの商店街。その真ん中あたり、よくマスコミで紹介されるはちみつ専門店「ラベイユ」の少し手前の右側に位置するのが、今回ご紹介する「天沼 長寿庵」です。
地域に根差した、昔ながらのおそば屋さん。荻窪で育った僕も、小さいころからお世話になってきました。日曜日のお昼とか、「出前を頼もうか」という話になると、ほぼ間違いなく長寿庵に電話をかけることになったのです。
するとお店のご主人が、丼や皿が並んだ出前膳を肩にかつぎ、自転車に乗って颯爽と届けに来てくれるわけです。あんなに重いものをかついで自転車に乗れるということに、子どもながら驚いたものです。
そういえば、このご主人は子ども好きで、配達の最中に道端の子どもたちに声をかけたりもしていました。ですから、その姿は地域の象徴だといっても過言ではなかったのでした。ちなみに現在は、二代目のご主人がその役割を引き継いでいます。
基本的には、どの街にもありそうな「普通のおそば屋さん」です。でも、変に奇をてらわないところがいいのです。そば粉8:割粉2の"二八そば"にしても、3種の鰹節を使っているというダシにしても、「当たり前」を貫いているからこそおいしいということ。
なお、ここのもうひとつの魅力は、日本酒とつまみが充実している点です。いくつかつまみを頼んでお酒を楽しみ、締めにおそばをたぐる、なんてことも可能。おそばを食べに来る人と飲みに来る人が、ちょうどいい距離感で共存できているので、とても居心地がいいのです。
常に繁盛しているのも、そんな魅力を知っている人が多いからなのでしょう。
お店の味をおうちで楽しみ「コロナに克つ」
ところが、やはり最近は新型コロナの影響を受けてしまっているのだとか。とはいえ、かなり早い時期からテイクアウトを積極的に始めるなど、前向きな姿勢が見てとれます。
できることをしっかりやろうとしているわけで、それは見ていて気持ちのいいものですね。
長寿庵に出来ること!
新型コロナウイルス感染症の拡大防止の為、ご自宅でお食事をしていただく為の特別テイクアウト販売です!
採算度外視の為、感染症が終息しましたら終了させて頂きます。メニューはその都度替わります!
ご利用お待ちしております!
店頭には、こんな手書きメッセージとともに、テイクアウトメニューがズラリ。普段は目にしないものもあったりするので目移りしてしまいましたが、ここは「コロナに克つ」という思いを込めて「ロースカツ丼」をオーダーすることにしました(ベタだなぁ)。
できあがるのを待ちながら手書き看板を眺めていたら、二代目が声をかけてくれました。
「よろしければこれ、ぜひ利用してください。宅飲みを楽しんでいただこうと思って、お店で出してるお酒もお持ち帰りできるようにしたんです」
聞けば税務署に行って、ちゃんと"酒類販売業免許通知書"ももらってきたのだそう。リユースびんに詰めて分けてくれる(入れ物持参もOK)というので、地元の人間にはすっかりおなじみの"長寿庵飲み"を自宅で再現できることになります。
これはちょっといいなあ。などと考えているうちに、ロースカツ丼ができあがってきました。テイクアウトをしたのは初めてなので、なんだか新鮮な気分。ずしっとした重みが、期待感を高めてくれます。
帰宅してパックを開けると、いつもと同じ長寿庵のカツ丼の香り。当たり前ですが、それだけでなんだかホッとします。子どものころのこととか、改めて思い出しちゃうなー。
もちろん味も文句なし。甘めのタレ、そしてふんわりとした玉子が、肉厚のカツの味わいを見事に引き立ててくれます。
次は「鱧(はも)とキスの天丼」とか、「冷やしたぬきそば」なども試してみようかな。でも、「野菜天ぷら盛り合わせ」で、「おすすめ日本酒」を楽しむという手もあるな。なんだか楽しくなってきたぞ。
いまは国難と呼ぶべき大変な時期ですが、こうしてテイクアウトメニューを利用してみれば、不思議とモチベーションも上がってきますね。
●長寿庵
住所:東京都杉並区天沼3-27-7
営業時間:11:00~16:00、17:00~21:00
定休日:木曜