いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

今回は、神田の喫茶店「ブラジル館」をご紹介。

  • 昔から変わらない、商店街の喫茶店「ブラジル館」(神田)

昭和スタイルと呼ぶにふさわしいアイスコーヒー

「インデラ」をご紹介したときにも書きましたが、昔、神田の会社に勤めていたんですよ。住所は内神田で、神田駅西口目の前の「西口商店街」を少し進んだあたり。残念ながら、もう存在していないようですけれど。

ところで今回クローズアップしたいのは、そんな西口商店街にある昭和な喫茶店です。いまや喫茶店というよりも(おもにチェーン系列の)カフェが主流かもしれませんが、少なくとも1990年代までは、神田の西口でも昭和な雰囲気をたたえた喫茶店がぽつりぽつりと営業を続けていたのです。

僕も営業さんと、そういう店でよく打ち合わせをしていました。単に仕事だからというだけで基本的にはつまらなかったし、ノスタルジックな雰囲気を楽しむような余裕はありませんでしたけどね。ところが不思議なもので、当時の記憶は記憶にしっかり刻まれているんですよ。

  • コーヒー色のかわいい立て看板

だから、もしも機会があったら、まだ営業しているのか確認してみたいと思い続けていたのが「ブラジル館」。西口商店街を入って1本目の角を右折してすぐという、絶好のロケーションにあるお店です。

ただ、神田に用事があってもそのあたりに行く機会はあまりなかったので、「もう廃業している可能性も充分にあるだろうな」と考えてもいたんですよね。失礼な話ですけど、なにしろ僕が顔を出していたのはもう30年も前の話だったのですから。

「あ、あった」

うなぎ屋さんの角を右折してお店を見つけたとき、思わず声に出してしまったのは、そんな思いがあったから。しかも30年前とまったく変わらない雰囲気だったので、なんだかうれしくなってしまったのでした。

  • このドアの向こうは……

古いビルの1階に入っている店は、右側がガラス窓になっていて、同じくガラス張りの入り口はその左側。「COFFEE Brazil」という赤いネオン菅の照明も昔のままだー。懐かしい!

なお立て看板にも「ブラジル」と書いてありますが、正式名称は「ブラジル館」だったはず。でも「館」がついてるほうが、なんとなく大げさで味わい深いのではないでしょうか。

などという話はともかく、ひさしぶりに店内へ。

  • 商談をするサラリーマンがちらほら

本当は、かつて営業さんと向き合って座った窓際の席がよかったのですけれど、座席指定をされたので左奥の席へ進みます。考えてみると、そちらもよく座った場所ではあったのですが。

伺ったのはお昼前だったので、打ち合わせをしている人か、もしくはくつろいでいる方がちらほらいる程度。でも、そんな雰囲気もあのころのままです。

そうだよなー、こんな感じだったなー。あのころは毎日つらかったけど、がんばってたよなー。などと、店内を眺めているだけでいろいろなことを思い出してしまったのでした。

  • ここからの眺めも記憶にあります

店内を切り盛りしているのは、僕と同年代か、もしくは少し上くらいの女性が数人。右手の厨房を中心として店内各所をリズミカルに動き回っていらっしゃるので、見ていて気持ちがいいですね。

ところで座るまではブレンドを頼もうと思っていたのですけれど、ちょっと暑い日だったのでアイスコーヒーをオーダーすることに。小さい音量で流れる音楽を聴きながら本を読んでいたら、ほどなく昭和スタイルと呼ぶにふさわしいアイスコーヒーが運ばれてきました。

  • 昭和スタイルのアイスコーヒー

当然ですけれど、いまどきのサードウェーブ系コーヒーなどとは対極にある、昔ながらの「喫茶店のアイスコーヒー」。味もとくに際立っているわけではなく、いたって普通。でも、それがいいのです。

僕が社会に出たころから平成初期あたりまでのサラリーマンは、こういうアイスコーヒーを飲みながらタバコを吸い、喫茶店で熱く語っていたりしたんだよなー。ほろにがい味を意識しながら、またそんなことを考えてしまいました。

  • 正式な表記はやはり「ブラジル館」みたい

でも、当時と同じようにいまも、このお店は神田のサラリーマンを支えているみたいですね。店内を見渡せば、それがはっきりわかります。

「昔、会社がこの近くにあったんで、よくお世話になっていたんです」

お勘定の際、店員さんに思わず告げてしまったのも、懐かしさでいっぱいになったから。近くに行くことがあったら、また立ち寄ろうと思います。

●ブラジル館
住所:東京都千代田区内神田3-11-10
営業時間:7:00~21:00
定休日:日曜・祝日