]author=印南敦史
いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、八王子の珈琲専門店「憩」をご紹介。
「ストレート」だけでも9種類!
八王子駅北口を出たら左斜め方向へ。「サンドラッグ」の角を左折して進むと、そこが「みさき通り」です。夜のお店が目立つ場所であるため昼間の人通りはさほど多くないものの、歓楽街ならではのヒリヒリとした空気が流れているような気もします。
しかし、そのまま数分進んでいくと左側に、周囲とは少しばかり雰囲気の違ったお店が現れるのです。それが、この地で営業を続けて54年目になるという老舗の珈琲専門店「憩(いこい)」。
「憩」という文字をグラフィカルにデザインしたロゴマーク、「貴重な豆 ブルーマウンテン NO.1 最高の味と香りです」と書かれた看板など、外観からしてレトロな昭和感であふれていますね。
もちろんそれは、ベージュの壁と茶色い柱を基調とした店内も同じ。テーブルや椅子も同じ色調で揃えられており、予想以上に広々としていることにも驚かされます。
なにしろ50席くらいはありそうで、しかもテーブル間は十分にスペースがとられているため、どこに座ったとしてもゆったりと落ち着けるようになっているのです。伺ったのは開店直後で他にお客さんがいなかったこともあってか、なおさら広々と感じます。
そして、もうひとつ印象的なのが、右側カウンター上部の木目調の壁に大きく掲げられた金色の「珈琲専門店」という文字。そこからは、「珈琲一筋でやってきたのだ」という気概が伝わってくるような気さえします。考えすぎでしょうか?
奥の席に座ってメニューを開くと、さすがにコーヒーのバリエーションがすごい。ちょっと迷ってしまったので、お水を持ってきてくださった女性に「やはり、最初はブレンドにすべきでしょうかね?」と尋ねたところ、「ストレートやスペシャルティーのなかからお好みのものを選んでいただいたほうがいいと思います」との返答が。
そうか。ブレンドにこそそのお店の姿勢が表れるものだと信じて疑わないまま生きてきたけれど、必ずしもそうとはいい切れないわけだな。
とはいえ、種類が多いですねえ。「酸味」から「苦味」への順番に並ぶ「ストレート」だけでも9種類。「シングルオリジン/スペシャルティー」は15種類もあります。
苦味のあるタイプが好みではあるけれど、これはチョイスが難しいなあ。ましてや誇れるほどの専門知識があるわけでもないので、名前のイメージから「ブラジル ショコラ」を選んでみました。「豊かな香り 上質な甘味 ナッツやチョコレートのような香り」と書かれています。
さて、どんな珈琲が出てくるんだろう?
ちなみにBGMは、老舗喫茶の定番というべきイージーリスニング。1970年代あたりに流行った、ストリングス主体のムード・ミュージックです。つまり、その音楽性はただでさえ邪魔にならないものなのですが、ここではそれが「聞こえるか、聞こえないか」というくらい小さな音量で流れています。
そんなところからも、あくまでも珈琲が主役であるという姿勢が感じられるような気も。おかげで珈琲を待っている間も、読みかけの本に集中することができました。
やがて運ばれてきた「ブラジル ショコラ」は、まず茶色いカップ&ソーサーがすごくかわいい。厚手のぽってりとしたつくりになっており、眺めているだけで落ち着けます。
カップの色とも調和した珈琲は、ほどよい苦味のなかにほんのりとした甘みが。なるほどメニューに書かれていたとおり、とても香りが豊かです。
本を読みながらゆっくり楽しんだのですが、温度の変化とともに少しずつ変わっていくその風味と味わいがとてもいい感じ。珈琲一杯で、ここまで満足感を得られるとはちょっと驚きでした。飲み終えたときには、「あ〜あ、もうなくなっちゃった……」と、ちょっと残念な気さえしたしなぁ。
だから、いっそ違った銘柄をもう一杯いただこうかとも思ったのですが、あいにく用事があったため、この日はここでお邪魔することに。次回は、また違ったタイプをいただいてみることにしよう。
お勘定の際に伺ったところ、珈琲を淹れてくださったマスターは2代目なのだとか。八王子のこの場所で、これからもずっと営業を続けていただきたいものです。
●珈琲専門店 憩
住所:東京都八王子市三崎町2-10
営業時間:月〜土12:00〜22:00 、日12:00〜17:00
定休日:不定休