暑い夏が終われば、芸術の秋! この秋こそ、素敵な観劇ライフを始めませんか。気になる作品が続々登場する9月の公演の中から選りすぐった3作品をここにご紹介します。

『人形の家』 - 宮沢りえ&堤真一主演で名作が再び甦る

世界演劇史上に残る名作戯曲『人形の家』。宮沢りえ&堤真一の主演、そして世界的演出家デヴィッド・ルヴォーの演出で上演されるとあっては、見逃す手はない!

ノルウェーの文豪、ヘンリック・イプセンの手によるこの戯曲が発表されたのは19世紀末のこと。夫は自分を対等な人間ではなく、人形のように愛していただけだった。そんな事実を知って終幕、断固たる行動を取るヒロイン・ノラは、社会的、世界的に大きな波紋を投げかけ、女性の自立のシンボル的存在ともなった。明治の日本に紹介された際も、"新しい女"の姿を描く作品として大論争を巻き起こしている。

そんな輝かしい歴史を背負った作品だが、今回の上演では、「人間そのものを描いただけ」という劇作家の言葉をモットーとし、あくまで戯曲に忠実に描く。演出のルヴォーは、ミュージカル、ストレートプレイ問わず、ニューヨーク・ブロードウェイ&ロンドン・ウエストエンドで数々の名舞台を手がけ、日本でも話題作、意欲作を発表してきた才人。名作に新たな風を吹き込む手腕でも高く評価されている彼が、舞台俳優としても充実したキャリアを誇る宮沢&堤を主演に得て、どんな作品世界を展開してみせるのか、興味は尽きない。

『人形の家』
日程 2008年9月5日(金)~30日(火)
会場 Bunkamuraシアターコクーン(東京・渋谷)
ヘンリック・イプセン
演出 デヴィッド・ルヴォー
キャスト 宮沢りえ、堤真一、山崎一、千葉哲也、神野三鈴、松浦佐知子、明星真由美ほか
料金 S席 9,000円、特設S席 9,000円、A席 7,000円、コクーンシート 5,000円 ※当日券は開演1時間前より発売

『偶然の音楽』 - 小栗旬に続くか、若手注目株の田中圭

現代アメリカ文学の旗手、ポール・オースターの傑作小説『偶然の音楽』が、白井晃の構成・台本・演出によって舞台化されたのは2005年秋のこと。人生と運命の不可思議を鋭く切り取る、一種舞台化しにくい幻想的な世界を、緻密かつ大胆な構成で見せた舞台は、素晴らしかった。見入るうち、心が作品世界にあまりに深く入り込んでしまって、何だか自分までその世界で生きているような気がして、終演後、現実の世界に戻るのが嫌で、いつまでも劇場を去りがたかったくらい。その舞台が、3年の月日を経て、戻ってくる。

初演に続き、"望みのないものにしか興味のもてない"主人公・ナッシュに扮するのは仲村トオル。ナッシュのナイーブな心象風景を映し出すかのような劇場空間の中、一人たたずむ姿が、忘れがたい。ナッシュの前に幻影のように現れては消えてゆく謎の若者ポッツィに挑むのは、若手注目株の田中圭。初演の際、小栗旬が好演したこの役でどんな魅力を見せてくれるのか、楽しみだ。3年の内に『ヒステリア』、『三文オペラ』と秀逸な舞台を手がけ、ますます冴えわたる白井晃の演出にも期待大。またもや劇場を去りがたくなるような舞台となることを心待ちにしたい。

『偶然の音楽』
日程 2008年9月14日(日)~2008年9月28日(日)
会場 世田谷パブリックシアター(東京・世田谷)
ポール・オースター
構成・台本・演出 白井晃
キャスト 仲村トオル、田中圭、三上市朗、大森博史、小宮孝泰、櫻井章喜、初音映莉子、岡寛恵
料金 一般A席 6,500円、B席 5,000円

『The Diver』 - 野田秀樹の傑作サイコサスペンス

日本演劇シーンの最先端をひた走る劇作家・演出家の野田秀樹。彼が作・演出を手がけ、6月にロンドンにて世界初演された『The Diver』が、早くも日本の劇場に登場する。  2003年、代表作の一つである『赤鬼』を英語上演し、2006年には新作『THE BEE』を手がけるなど、野田はロンドン演劇界においても果敢な創作活動を続けてきた。それらの作品は、イギリスの観客、そして後に上演なった日本の観客双方を多分に知的に挑発する"毒"をはらんでいる。今の時代に、イギリス人、あるいは日本人として生きることの意味とは何なのか。研ぎ澄まされた言葉、そして身体表現で、野田は挑発を続けてやまない。

今回の作品では、『源氏物語』、そして能楽『海人』という古典作品の中に登場する女性たちの心象風景と、現代に生きる女性の苦悩を重ね合わせ、重層的に物語を展開。『THE BEE』でも、自らの暴力衝動に抗うことのできない日本のサラリーマンに深いシンパシーを寄せる名演を見せた、イギリス演劇界が誇る名女優キャサリン・ハンターが、再び野田とタッグを組むのも楽しみな限り。野田の挑発を客席でしかと受け止めたい。

『The Diver』
日程 2008年9月26日(金)~2008年10月13日(月)
会場 シアタートラム(東京・世田谷)
作・演出 野田秀樹
キャスト 野田秀樹、キャサリン・ハンター、グリン・プリチャード、ハリー・ゴストロウ
料金 一般 6,500円

あひるのひとりごと

夏休みを取らぬまま芸術の秋に突入、9月も観劇にいそしむあひること藤本真由です。さて、オペラ初体験を計画中の方にお勧めしたいのが、「METライブビューイング」。ニューヨークはメトロポリタン歌劇場の公演を全国11の映画館で楽しめる好企画で、タイムラグはわずか半月ほど、ゴージャスな舞台が、高画質と見事な音響でスクリーンに再現されます。2008-09シーズンの上映開始は11月1日ですが、9月8日から東京・東銀座の東劇にて先シーズンのアンコール上映あり。なかでもお勧めはナタリー・デセイとファン・ディエゴ・フローレスの二大スターが華麗な競演を見せる『連隊の娘』。オペラの楽しさをぜひ味わってみて!
藤本真由

舞台評論家。東京大学法学部卒業後、新潮社に入社。2001年に退社し、フリーに。以後、演劇を中心に国内はもとより海外公演のインタビュー・取材を手がけ、新聞・雑誌・公演プログラム等に記事を寄稿している。藤本真由オフィシャルブログ