順調に事業を伸ばしてきた経営者や、部署・チームを持たれるマネージャー、人事、意欲的な若手社員の方々から、「私の会社で色々な組織課題が出ており、手を打っているがうまくいかない」という相談を頂くことがあります。場当たりの施策をとる前に、まずは「なぜ私達の会社・組織は変わらないのか?」、課題を分析していくことが大切です。

先日、ある企業の経営企画の方からこのような相談を頂きました。

弊社は業績も順調に伸びております。「従業員が宝であり企業価値の最大要素」と考え、いわゆるタレントマネジメント領域、採用や育成、人事評価にも力を入れ、ある程度の成果が出ています。
いっぽうで社員数が100名を超え、一人ひとり社員のことが表面的にしか分からなくなってきた……というのが正直なところです。経営陣を含め、本人の能力や上司部下の相性をかんがみた配置、昇格昇給の判断や適切な育成施策の意思決定を、勘・感覚や過去の経験に依存している気がしてなりません。課題感覚は経営陣も同様で、現在人事部は採用等の業務で多忙なため、現場から私が経営企画として登用された状況です。
経営企画として、どのようなアクションを取るべきでしょうか。

“タレントマネジメント”の重要性

あらためて、タレントマネジメント(人材マネジメント)について考えてみましょう。

人を採用し(採用)、適切な仕事を提供し(適材適所)、成果が出るように育て(育成)、企業収益に資する形で評価し報い(評価報酬等級)、さらに人が自分だけでなく周りの成長も促進し、より大きな事業成果が出て、企業価値も向上し、人が人を呼ぶ……というような「人」軸での企業価値向上サイクルを生み出す営みが、“タレントマネジメント”です。

かつて、「人は経営資源」と言われてきました。今日では、経済産業省が「人的資本経営」というコンセプトで国内企業に、消費する「資源」、ではなく投資し価値を最大化する「資本」として「人」を捉えるよう、啓発を進めています。

背景として、米国では上場企業(S&P500)の市場価値の構成要素として、「モノカネ」よりも、無形資産(研究力・ブランド・アイデアといった人に依存する要素)の割合が年々増加しているという調査結果が出ていることが挙げられます。1975年では無形資産・要素の構成比率は2割に満たなかったのですが、2009年の調査では、無形資産・要素の比率が8割と、大きく逆転したのです。これはソフト・デジタル産業の割合が大きくなっていることが要因のひとつです。

これを受け、米国証券取引委員会は2020年に、上場企業に対して「人的資本の情報開示」を義務付けました。

ESG(E:環境 Environment・S: 社会 Social・G: ガバナンス Governance)の観点で、S(社会)と人的資本が結びつくという点から、投資家が人的資本情報を判断材料としていることも大きく影響しています。

有形資産(モノカネ)としては同規模にもかかわらず、時価総額が欧米企業と7倍も開いている大手企業もあり、「人的資本経営が課題」と捉え、経産省としても啓発を進めているのです。

それでは、前段の質問も含め、企業としては具体的にはどのような取り組みを行う必要があるでしょうか。

「タレマネ会議体」は設けているか?

まず、タレントマネジメントについて話し合う「タレマネ会議体」は設けられているでしょうか。

会社の動脈は「会議体」です。人の脳から手指を動かす、いわば神経のようなものです。どのような目的の会議体で、アジェンダが設けられ、誰が参加し、どのような情報を参考に、どのような合意事項、ネクストアクションになるか。 タレントマネジメントが高度化している企業ほど、暗黙知的に「タレマネ会議」が実施されています。

分かりやすい例は、採用(候補者を採用するべきか。採用基準は妥当か)、人事評価(従業員の評価、報酬をどのように決定するか)、育成(育成すべきスキル、コンピテンシーは何か。効果はどうか)といった、人事機能単位での「問い」が設計されることです。

ここで時には経営だけ、人事だけ、現場だけ。時には関係各所を含めて問に対して議論をしてみましょう。テーマに応じて必要な情報を参照するために、参加者の構成を変える必要があります。

また、各自の認識・発言の情報では事実と異なった起点から企画が進んでしまうケースもあります。それを防ぐために、人事・人材データを事前に収集したレポートを軸に議論を進める必要があります。(ピープルアナリティクス、人材データの活用の分野です。)

例えば、「採用基準は妥当か」については、入社後の人事評価との突合をすることで、妥当性の検証を行う手があります。

タレントマネジメントの骨子は人事制度やスキルマップに集約されると思いますが、体系化されていないアジェンダについては、勘や感覚のままになり、推進が止まりがちです。変化の激しい時代においては、より迅速に情報を参照し、コミュニケーションをとり、意思決定を行い、アクションを取り検証、改善するスピードが求められます。裏を返すと、体系化と状況に併せた改善のスピードが、企業競争優位性になります。

そのためにも「人が生き活かされ、企業価値が向上するための問い、会議体は設計されているか」を一度振り返る必要があります。

また、タレマネ会議の全社浸透はマーケティングの考え方(AIDMA)と同じです。

まず知る、理解する、体験する、周りに教える。

タレマネ会議がカルチャーに根付いた企業は、現場・チームなど小さな単位から「人」について考え、改善を図り、成功例は全社に展開されることもあります。気づいた人から手を上げて進めるべきテーマなのです。 現在の会議体の棚卸しから始め、タレマネの問いを設計し、再構成することをおすすめします。