あなたは中学時代の友達と付き合いはあるだろうか?

高校や大学の仲間とはたまに連絡を取ったり、飲んだりするけど、小学校や中学校の友人はさすがに……という人も多いのではないだろうか。自分の場合も十代後半に進学で地元を出て以来、ほとんど付き合いはない。成人式にも出席しなかった。今みたいに携帯電話の連絡先やSNSもなかったので、卒業したらサヨウナラだ。

■ヒリヒリするぐらいリアルな映画『半世界』

稲垣吾郎

だから映画『半世界』がヒリヒリするぐらいリアルで、同時にこれ以上ないファンタジーにも思えた。物語の舞台は地方の田舎町、父から受け継いだ炭焼き窯で、職人として備長炭を製炭する39歳の高村紘を稲垣吾郎が演じている。仕事を手伝い毎日弁当を作ってくれる妻の初乃(池脇千鶴)、反抗期の息子・明(杉田雷麟)、そして小学・中学の同級生で中古車屋を営む岩井光彦(渋川清彦)らに囲まれる日常。

そんなある日、同じく同級生の沖山瑛介(長谷川博己)が自衛隊の海外派遣から、妻子とも別れ、何の前触れもなく帰ってきた。「おまえより、おまえのことを知っている」という古い友人たちと、何を語るのか? 大人になった今、あいつに何をしてやれるのか?

長谷川博己

結論から言うと、今40歳前後の人にはたまらない映画だ。なにせ、ディテールがいちいち丁寧で、見ているこっちの心のずっと奥の方を刺激する。中年男3人が夜の海辺であの頃のようにだべって、なぜかおしくらまんじゅうをしながら歌うのは大事MANブラザーズバンドの「それが大事」だ。いやぁたまんない。

独身の光彦は酒に酔っ払って、「なんでこの街は風俗も映画館もねぇんだよ!」なんて叫ぶが、関東の田舎町に育った俺もその気持ちは痛いほど分かる。そうだった、どこにも逃げ場所はない。恐ろしく閉じられていて、けど腹が立つくらい居心地がいい瞬間もある。だから、人はそんなしがらみを捨て都会に出るのだ。

■“39歳のおっさん”を見事に演じる稲垣吾郎

稲垣吾郎

とにかく全編を通して主人公の稲垣吾郎が絶妙にいい。中年の現実に直面する“39歳のおっさん”を見事に演じきっている。自分の考えは基本正しいと信じていて、ときに雑だ。公務員を望んだ親の反対を押し切り、跡を継いだ炭焼きの稼ぎは年々減る一方で、ホテルへ営業に行く際はスーツすら着ない。子育ては妻に頼りっきりで、息子の好きな食べ物を聞かれても「う、うどん……かなぁ」なんつってぼんやりとしたことしか答えられない。

かと思えば、親身になって友人を助け、なんだかんだ不器用に妻を愛し、彼女が隠れてタバコを吸っているのを知りながら言えなかったりする一面もある。すべてがうまくいったわけでもなければ、夢がかなったわけでもない。けど、あの頃の未来に立って、自分の仕事に誇りと不安を持ちながら目の前の人生を生きている。

映画を見ながら、ふと昔の記憶が甦った。あれは20代中盤の頃だ。久しぶりに実家へ帰り、コンビニ(と言っても歩いて10分以上はかかる)の帰り道、家業を継いだ小学校時代の友人とばったり出くわした。少し会話を交わしお互いの近況を報告し合ってから、トラックに荷物を積む彼と「いつか飲みたいね」と握手をして別れた。彼はわざわざ作業用手袋をとって握手をしてくれたのをよく覚えている。けど、結局そのまま会うことはなく、彼は30代後半にガンで亡くなってしまった。今でも後悔している。なにかもっと話したいことがあった気がするから。

もう40歳、まだ40歳。ガキでバカだったあの頃を思い出しながら、部屋でひとりじっくり堪能したい1本である。

■【ソロシネマイレージ 88点】
30代後半で白髪が出てきたと嘆く初乃、不器用に子どもへ弁明の電話する瑛介、田舎で独身だと居心地の悪さもある光彦。そして、真夜中に映画を見ながらカップ焼そばを食らうと翌朝もたれちゃう俺ら……とそれぞれの中年のリアルが身に沁みます。

『半世界』
阪本順治監督の完全オリジナル作品となる同作は、美しい地方都市を舞台に、40歳目前という年齢の男3人の視点を通じて、誰もが通るある地点の葛藤、家族や友人との絆、希望を描く物語。主人公の炭焼き職人・紘を稲垣吾郎が演じ、紘のかつての同級生・瑛介を長谷川博己、紘と瑛介の同級生・光彦を渋川清彦、そして、紘の妻・初乃を池脇千鶴が演じた。
Amazonプライム・ビデオ(レンタル 500円)ほかで視聴可能(2020年9月12日時点)。