TOKIOの長瀬智也って俺らと同学年らしいよ。

90年代中盤、高校のクラスメイトたちとそんな会話をした記憶がある。自分たちは放課後に甘ったるいコーヒー牛乳を飲んでいるのに、同い年の人間がテレビの中で活躍している。10代にして彼は大人の世界ですでに立派に生きているわけだ。しかも見てくれも死ぬ程カッコいい。

KinKi Kidsの堂本光一も79年早生まれで同学年らしい。マジか……なんだこの絶望感。思わず「こいつらは俺より先を行っているかもしれません。でも俺より上に行ってるわけじゃない」なんつって漫画『アオイホノオ』の主人公・焔モユルばりに教室の片隅から強がった青い春である。

1996年のフジテレビ系ドラマ『白線流し』、1998年の月9ドラマ『Days』(前クールはあの木村拓哉と松たか子の『ラブジェネレーション』が放送されていた)や2000年のTBS系ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』はリアルタイムで見たし、その年の年末にビートたけしや松田龍平と共演した特別ドラマの『3億円事件 20世紀最後の謎』も印象深い。

……って、自分でも意外なほどに長瀬作品が好きだったことに気づく。個人的にTOKIOというアイドルグループのメンバー以前に、役者のイメージが強い。

■池井戸潤のベストセラーを映画化

沢田悠太役のディーン・フジオカ

そう、歌手活動まで追うほどファンというわけではないが、10代中盤の頃から各時代の俳優・長瀬智也を見続けてきた。自分の世代にとって、そういう同時代を生きた男性俳優は長瀬智也しかいない。だから先日部屋でソロ観賞した2018年の映画『空飛ぶタイヤ』は感慨深い作品だった。

公開時に累計180万部を突破の池井戸潤のベストセラーを映画化。『半沢直樹』や『陸王』などが立て続けに高視聴率ドラマとなり、いまや池井戸小説は日本の代表的な大人の娯楽作品として知られている。

そこで長瀬が演じるのは、赤松運送という中小企業の二代目社長、赤松徳郎だ。ある日、巨大トレーラーの脱輪事故が起き、幼子の手を引いていた母親が亡くなる。整備不良を疑われた赤松運送は、独自の調査で車両の構造そのものの欠陥に気づき、製造元である財閥系のホープ自動車に再調査を要求。

この調査の過程で、大企業の隠蔽体質が明らかとなる。いったい事件か、事故か。果たして、巨大な組織に屈せず、真実の断片を繋ぎ合わせリコール隠しを暴けるのだろうか。

池井戸作品が多くの人に読まれるのも、作品内にあらゆる立ち位置の人間が登場して、視聴者は誰かしらに感情移入しやすいからだろう。

本作でも、社員の生活を背負う赤松運送の二代目社長(長瀬)、自らの会社に疑念を抱くホープ自動車販売部カスタマー戦略課課長・沢田悠太(ディーン・フジオカ)、グループ会社のホープ銀行本店の営業本部・井崎一亮(高橋一生)という、理由も年収も生活環境も違う異なる立場の男たちが、正義感と自らの保身という現実の板挟みになりながら巨悪に迫り、物語は進んでいく。

■男臭いギラつきと弱さを併せ持つ人物設定

井崎一亮役の高橋一生

「中小企業、舐めんな」

赤松が受話器越しにホープ自動車の沢田にそう啖呵を切るシーンがある。例えばフリーの物書きだって、基本的に“中小企業”だと思っている。大きな出版社と仕事をするとき、中小企業を舐めんなよという感覚を捨ててしまったら、簡単に巨大な組織にスポイルされてしまうだろう。……なんだけど、ときにその手の意地は己のクビを締めることになる。

赤松もホープ自動車から提示された1億円の補償金を受け取らず、徹底的に戦うことを選ぶが、会社の倒産を覚悟するまで追い詰められる。そんな時、ホープ自動車の上層部に対する小さな怒りが結集して、事態は一気に動くのだ。それはそれぞれの「正義」というより、「違和感」だ。世の中あんたらの思うようにさせてたまるかよという違和感である。

そりゃあ、このテーマ、30代40代のおっさんには心のずっと奥の方に沁みるよ。もう酸いも甘いも噛み分けた中年ど真ん中、でもほんのわずかだけ“青さ”も残っている世代。そういう男臭いギラつきと弱さを併せ持つ人物設定がまた長瀬にはよく似合う。思えば、長瀬智也は若い頃から俳優やバラエティタレントとして同姓からの人気も非常に高い異端のアイドルだった。

先日、ジャニーズ事務所を来年3月末で退所することを発表したが、もう25年以上に渡り芸能界の第一線で生きてきた長瀬も41歳である。誰だって40前後にほんの少しの満足感と燃え尽き感を抱きながら、「オレこのままでいいのかな」なんつってこれからの生き方を考えるだろう。我々が中年の転職活動をするように、アイドルだって転職していいじゃないかと個人的には思う。

刑事でも落語家でも果物屋の息子でもなく、『空飛ぶタイヤ』で運送会社のオヤジを演じる長瀬智也には、円熟とほんの少しの若さの残り香があった。本当に魅力的で恰好いい40男になっていたのだ。今後は裏方への転身報道もあったが、願わくば、45歳、50歳と長瀬智也という役者のこの先も見てみたいものである。

■【ソロシネマイレージ 76点】
赤松の妻役に90年代後半のアイドルでいまだに現役バリバリの深田恭子というのも最高にいい。劇中で一児の母親でありながら時折見せる往年の深キョンスマイル。登場シーンは決して多くないが、それはまるで同じ82年生まれの巨人・亀井善行のような図抜けた存在感を放っていたのである。

『空飛ぶタイヤ』
『半沢直樹』『下町ロケット』『民王』など数々のヒット作を送り出し、ドラマ化される度に高視聴率を記録する作家・池井戸潤の同名小説を映画化。トラックの脱輪事故によってバッシングされた運送会社社長・赤松徳郎(長瀬)は、欠陥に気づき製造元・ホープ自動車を自ら調査するが、そこには大企業のリコール隠しがあった。
Amazonプライム・ビデオほかで視聴可能(2020年8月1日時点)。