アオバトが海岸で飲むものとは?
「第15回 日本初の海水浴場といわれる大磯ビーチについて知る」でもご紹介した大磯の照ヶ崎海岸。この海岸の岩礁地帯に、とあるハトが飛来してくる。ハトといっても、公園で群れをなしながら子供たちのまくエサを待っている、あの灰色のドバトではない。この広い世界には300種以上のハトがいるそうだが、照ヶ崎海岸へやってくるハトはその名をアオバトという。
アオバトは美しい。ぼくはかつてアオバトの剥製を見たことがあるが、これほどきれいなハトがいることに心底びっくりした。アオバトは、首から体まで全身が青色というよりは黄緑色をしている。肩のあたりの羽根がエンジ色の個体はオスだ。
アオバトは日本列島と中国、台湾の一部に分布しているが、その生態はナゾに包まれている。どこに巣があるのか、そこでどういう暮らしをしているのかなど、不明な点が多いという。大磯で観察されるアオバトは、おそらく丹沢山麓から飛来していると言われているが、あくまでも飛んでくる方角から想像した仮説であり、まだ科学的には証明されていない。
そして、もうひとつのナゾが、アオバトはなぜ海水を飲むのか、ということ。そう、アオバトが照ヶ崎海岸までやってくるのも、実はそのためだ。丹沢の山中で暮らしていると、カリウムやカルシウムなどのミネラル成分が不足するのだろうか。それともアオバトは低血圧で、何とか血圧をアップするために塩分を……などと、いろいろ想像してしまうが、海水を摂取する行動の意味はわかっていない。
アオバトは全国各地に生息しているが、これほどの数のアオバトが海水を飲むために集まってくる場所は、照ヶ崎海岸のほかにないそうだ。丹沢から近く、しかも海水を飲む時に足場となる岩礁地帯がある場所……アオバトにとって理想的な条件が揃った照ヶ崎海岸は、日本野鳥の会神奈川支部の活動によってその重要性が認められ、1996年より神奈川県の天然記念物に指定されている。
剥製とは違うアオバトの色にうっとり
かつて大磯に暮らしていたこともあり、仕事でも遊びでもずいぶん大磯を歩きまわってきたのに、ぼくはなぜかアオバトを見逃していた。今回はいよいよ初めてのアオバト観察となるが、最終的にはアオバトを写真に撮ることが目標だ。
朝9時、照ヶ崎海岸に到着。アオバトがここへ飛来するのは、毎年春から秋にかけて、より細かく言えば5月上旬から11月中旬にかけて。その総飛来数は、季節や天候によって増減するが、夏以降は概して夜明け~10時の間に約1,000羽、その後10~17時の間に1,000羽ほどがやってくるといわれている。ちなみに、総飛来数には同じ個体がダブって含まれているので、アオバトの生息数とは異なる。生息数は300羽前後と推測されているそうだ。
ぼくが訪れた時は、まだ朝の飛来ピーク真っ最中だったらしく、30~40羽の群れが北方の湘南平の方角からやってきては、岩礁地帯に降りて海水を飲んでいた。別の群れが次々とやってきているというよりは、同じ群れが何度もこのあたりを周回しているようだった。頭上を通過するアオバトたちを見ると、青空を背景に黄緑色のボディが輝いていた。剥製のアオバトとは全然違った、まぶしいほど鮮やかな色合いだった。
バッグからカメラを出す。今回は、いつも仕事のサブとして使っている一眼デジカメに300mmのレンズをつけてみた。このデジカメの焦点距離は実際のレンズの約1.6倍換算、つまり約480mm相当となる。これが、ぼくの持っている撮影機材では精一杯の望遠セットだ。アオバト撮影は、おそらくこれで十分だろう。
大迫力のアップ写真は簡単には撮れず
ところが、照ヶ崎海岸で実際にカメラをのぞいた瞬間、その思い込みはまったく間違っていたことを知ることになる。アオバトが海水を飲みに来る岩場は遠い。想像以上に遠い。「ファインダーいっぱいにアオバトをとらえた大迫力写真」が撮れることをイメージしていたが、それには最低でも1,000mmくらいのレンズが必要かもしれない……ああ、いきなり落ち込みモード。
しかし、この日は快晴でアオバトがどんどんやってきていた。それを眺めているうちに、落ち込んでいるヒマはない! こうなったらとにかくいっぱい撮って、アオバトが小さくてもハッキリ写っているカットをあとで拡大すればいいじゃないか、と思い直した。
まずは、空を飛んでいるアオバトをカメラも動かしながら流し撮りしてみたが、動物の撮影に慣れていないので、なかなかうまくいかない。沖合の岩場にあらかじめピントを合わせておき、アオバトがそこに着地するのを待ってシャッターを押した。アオバトの動きは素早く、岩場に舞い降りて海水を飲んだらすぐに飛び立つという航空機の離着陸訓練で行われるタッチ&ゴーのような行為を繰り返していた。
結局、ぼくは200枚近くの写真を撮ったが、自分で納得できるような写真は1枚もなかった。やはり野鳥写真というジャンルは、ビギナーズラックが通用するような甘い世界ではないということか。そんなわけで、アオバトの迫力満点アップ写真は1枚もないのだが、何となくアオバトの雰囲気が伝わりそうなカットを載せてお茶を濁すことにしよう。
しかし美しい野鳥たちを眺めていた朝、無心でシャッターを押していたひとときは、とても楽しいものだった。照ヶ崎海岸をまた訪れる時のために、1,000mmの望遠レンズが欲しくてたまらない今日このごろである。