日本の落花生栽培は大磯からはじまった?

ぼくの暮らす二宮町には、落花生を取り扱う商店が多い。人口3万人弱の小さな町なのに、町のあちこちに落花生の看板がある。炒っただけのシンプルな落花生や落花生の甘納豆を販売する専門店、落花生の煮豆を並べた惣菜店……そんな店の看板や包み紙に書かれているのが「相州落花生」という文字だ。

「相州落花生」とは、その名のとおり神奈川産の落花生という意味。神奈川における落花生栽培の歴史は古く、我が湘南番外地の先人たちの果たした役割は驚くほど大きい。

大正4年(1915年)の神奈川県内務部発行誌『相州落花生』には、「落花生の栽培は明治4年、淘綾(ゆるぎ)郡国府村字寺坂(現在の大磯町)渡辺慶次郎の栽培をはじまりとす」と記されている。つまり、日本における落花生栽培は大磯ではじまった、という説だ。おまけに、翌5年には中郡吾妻村(現在の二宮町)の二見庄兵衛も落花生作りに成功している。

現在の国産落花生の7割前後を生産しているとされる千葉県でさえ、栽培をはじめたのは明治9年(1876年)と言われているのだから、渡辺慶次郎と二見庄兵衛の取り組みは、かなり早かった。ふたりとも、横浜港で外国人から落花生の種を入手したことがキッカケだったという。原産地である南米ペルーのアンデス山脈から北米大陸、ユーラシア大陸と伝わり、さらに中国を経由して横浜から大磯、二宮へやってきた落花生……その壮大なる旅と不思議な運命に、ロマンを感じずにはいられない。

その後、大正時代になると、二宮の落花生は何とアメリカへ輸出されるほどの生産量を誇ったそうだ。しかし、第2次世界大戦の影響で輸出ができなくなり、落花生農家は激減。その代わりに落花生栽培が盛んになっていったのが、二宮町の北方に広がる秦野市。今では神奈川県内最大の落花生産地として知られている。

8月中旬を過ぎたら「うでピー」の季節

高浜虚子も「落花生 喰ひつつ読むや 罪と罰」などという微笑ましい句を残しているが、俳句における「落花生」は、10月の季語とされている。これは9月に収穫した落花生を10月の秋晴れの日などに干すことに、ちなんでいるのだろう。

しかし今回ご紹介する落花生は、8月に収穫される生落花生。ふつうの落花生は収穫後にカラカラになるまで干すが、こちらは干さずにそのまま茹でて食べることから、生落花生と呼ばれている。ちなみに「ユデラッカ」「郷の香(さとのか)」など、茹で用に改良された品種もあるそうだが、一般の落花生でもほどよく熟した若い実ならば品種にかかわらず茹でて食べることができる。もともとは、落花生を収穫する農家の人たちのおやつだったとか。

生落花生は購入したら、できるだけ早く茹でて、その日のうちに食べ切るのがベスト

ぼくは毎年8月中旬になると、「お盆を過ぎたら、そろそろ生落花生を食べたいなあ」と思う。東京の落花生好きな友達にうらやましがられ、時には宅配便で送ったりすることもあるが、収穫したばかりの豆と1日経過した豆では、やはり味が異なる。畑からとってきた豆をその日のうちに茹でて、最もおいしい状態で口にできるのは、生産地周辺に暮らす者の特権だ。

最も簡単で最もおいしい生落花生の食べ方は、塩茹で。土の付いた状態で売られている場合は、豆をよく水洗いしてから、サヤごと好みの固さになるまで茹でる。サヤを開けたとき、ふつうの豆の半分以下のサイズしかない未熟な豆に当たることもあるが、この通称「しなす」と呼ばれる小さな豆のクニャクニャした食感が好きという人も多い。

30分ほど茹でた落花生。サヤの中に染みた塩水までもが香ばしい風味

「土の付いた状態」と書いたように、枝豆や空豆とは違って、落花生は豆なのに土の中で実る。そのため掘りたての落花生のまわりには、土がたくさん付いているわけだが、かといって、じゃがいもやにんじんのような根菜でもない。

落花生の花は、受粉を完了して咲き終えた後、その元にある子房部分がグングン下へ伸びて、土の中に入っていき、地下3~5センチ程度まで潜ったところで、サヤが生まれて、豆が育つ。このような一連の流れが、花が地面に落ちたところに豆ができるように見えることから「落花生」という名になったそうだ。

落花生でジーマミ豆腐を作ってみる

そんな「地中の豆」が語源なのか、日本には落花生を地豆(じまめ)と呼んでいる地域もある。中国から落花生が直接伝来したという説もある沖縄も、そのひとつで、現地ではジーマミと発音されている。

遙か遠い琉球王国の時代から、この南の島では落花生を使った「ジーマミ豆腐」が作られてきた。ぼくは沖縄料理店に行くと、必ず注文するくらいこれが大好きなので、今回、番外地産の生落花生を塩茹でにするついでに、このジーマミ豆腐作りにも挑戦してみることにした。

まず、生落花生のサヤを割り、カップ1杯分の生落花生を用意する。ピンク色の薄皮をとってから、熱湯に20分ほど浸けて、カップ2杯の水と共にミキサーにかける。これを布巾で漉したものが、いわば豆乳のようなもので、さらにカップ2杯の水を加えて鍋で煮る。

大豆を使った豆腐作りならば、ここでにがりを打って固めるわけだが、ジーマミ豆腐の場合は、にがりの代わりに半カップ分の片栗粉を入れる。葛粉を使うと上品な味わいに仕上がるらしいが、うちの台所にはなかったので、片栗粉で勝負。

片栗粉を加えて弱火でじっくりと混ぜ続けること20分

弱火のまま20分ほど、根気よく鍋の中をグルグルかき回し続ける。どんどん粘りが出てきて、ほどよい固さになったところでパットへ流し込み、あとは冷やせば出来上がりだ。はじめて作ったジーマミ豆腐は、落花生の香りが濃厚で、舌触りもクリーミー、我ながらなかなかおいしかった。これさえあれば、以前、沖縄の料理店で食べて感動した「揚げ出しジーマミ豆腐」も家で作ることができそうだ。

甘味はやや薄いけど、滋味豊かなジーマミ豆腐が完成!

最後に、豆知識ならぬ落花生知識をひとつ。秦野市の「JAはだの」では、茹でたて落花生を急速冷凍した「うでピー」を開発し、地元で販売している。「ピー」はピーナッツとすぐにわかるが、さて「うで」とは何のことだろうと、ずっと不思議に思っていた。今回調べてみたところ、正解が判明。秦野や丹沢エリアでは、昔から「茹でる」を「ゆでる」ではなく「うでる」と発音するそうで、それゆえ「ゆでピー」が「うでピー」になったそうな。なるほど。