大磯の小さな池が最も輝く季節

蒸し暑い梅雨の季節に、一服の清涼剤のごとく可憐に咲く蓮の花。番外地周辺にもいくつか蓮の花の名所があり、先週から「大磯の池はもうかなり見ごろらしい」「小田原城の蓮はまだちょっとしか咲いていない」などというウワサがちらほら聞こえてきていた。 ならば、そろそろ毎年恒例の蓮の花ウオッチングに出かけてみるべし。まずは、我が家から一番近い蓮の名所、大磯の「東の池」へ。もともとは江戸時代に農業用に造られた用水池で、小田原厚木道路の大磯インターからすぐの生沢(いくさわ)という地区にあることから、ぼくが小学生のころは通称"生沢の池"と呼ばれていた。

東の池は約4300平方メートルの広さ。大きな川のない大磯では貴重なため池だ

県道に面した駐車場に車をとめて太鼓橋を渡り、池の中央に浮かぶ小島へ渡る。赤い鳥居の奥に厳島神社。現在では周囲の岸辺がコンクリートで階段状に整備されているが、昔はザリガニの穴がたくさん空いている土手だった。

そう、あの当時、二宮町に暮らす子供たちが自転車で4、50分かけて、わざわざ遊びに行っていたのは、この隣町の池にザリガニや魚がたくさんいたからだ。小麦粉を水で練った団子のエサを小さな針にかけて放り込むだけで、小魚のクチボソが面白いように釣れた。そのクチボソをタコ糸でしばって穴の中にたらせば、ザリガニがいくらでもとれた。

生態系ピラミッドとか生命の連鎖みたいなものの存在を、言葉ではなく感覚として、ぼくはこの池からずいぶん教えてもらったような気がする。しかし、その後、水難事故でもあったのか、池をとりまく事情は大きく変わったようで、まわりにフェンスが張り巡らされ、釣りも全面的に禁止されてしまった。

そして、かつて黒い実を付けたヒシばかり浮いていた池は、いつしか二宮大磯エリアを代表する蓮の宝庫になり、年をとったぼくは自転車ではなく車で訪れ、釣り道具ではなくカメラを持って、蓮の花を眺めている。この池で泥だらけになって遊んだ日々から、かれこれ30数年……なんだか不思議な縁を感じずにはいられない。

弁天様をまつった厳島神社のまわりは日陰ゆえに開花が遅め

地域住民たちが作り上げた中井町の蓮池

次なる名所は、昨年から"蓮池の里"として公開されている比較的新しいスポット。場所は、二宮町の北西に広がる中井町の緑豊かな松本地区。泰翁寺の向かい側に蓮池が広がり、手づくりの素朴な休憩所も設けられている。

こちらは先ほどの大磯とは違って、池というよりは水田という印象だ。プラスチックのケースをイス代わりにしたカウンター席に座り、水田4枚からなる蓮のパラダイスを一望。去年、たまたま車で通りかかって発見した時より、蓮の株数もずいぶん増え、面積も広くなっていることに驚かされる。

蓮のすぐ近くでじっくりと観察できるのがうれしい蓮池の里

つづいて、写真を撮りながら遊歩道を進んでみた。田んぼにおける、あぜ道のような感覚か。目線と同じ高さに、しかも手を伸ばせば触れるほど近いところに、花のあることが新鮮に思える。花びらの一枚一枚、めしべの凹凸などがはっきり見えて、迫力たっぷりだ。

1000株以上になるまでコツコツと7年かけて蓮を育ててきたのは、地域住民の有志ボランティアによる「中井蓮池の里の会」。花は6月下旬から咲きはじめているが、およそ200種類以上の蓮が混在しているため、8月中旬ごろまで順番に咲いていくという。

蓮池の背後には広大な竹林が広がり、夏でも涼やかな雰囲気。農産物直売所のように、近隣農家が収穫したとれたての夏野菜も格安で販売している。蓮の花を眺めながら、山間でのんびりとしたひとときを過ごさせてもらった感謝の気持ちを込めて、真っ赤に熟したおいしそうなトマトを購入した。

花の散った後に残る蜂の巣状の花托(かたく)から「はちす=はす」という名になったという説もある

シャワーヘッドやジョウロを連想させる蓮の花のめしべ

小田原城に夢と浪漫に満ちた古代蓮あり

最後に、開花シーズンはまだこれからのはずだが、念のため今年の状況を確認するべく小田原の名所ものぞいてきた。それは、小田原城の南側に位置する二の丸掘。毎年4月には紫の花で彩られる藤棚の前あたりが、蓮の群生地だ。

石垣の上にあるのが小田原市郷土文化館のバルコニー

小田原城の蓮だけが、大磯や中井よりも開花が遅いのは、大賀(おおが)蓮、別名"古代蓮"とも呼ばれる品種だから。さて、大賀蓮とはなんぞや。

この蓮を発見したのは、蓮の研究者として名高い大賀一郎理学博士。昭和26年(1951年)、大賀博士は千葉市の東京大学検見川農場で弥生時代の地層から3粒の種子を発掘した。シカゴ大学の分析によって、それらが2000年以上経過した世界最古のハスの種子であることが認定され、大賀博士は発芽実験に挑戦。2粒は発育不良で失敗したが、残り1粒は何と2000年の時を経て芽を出し、翌年には見事に開花した。

それが大賀蓮であり、つまり、全国に散らばって増殖している大賀蓮は元を辿れば、すべてこの1粒からはじまったと言える。小田原城では、昭和54年(1979年)に入手して植えた分根から、現在のような規模にまで成長したそうだ。

この二の丸掘にある石垣の上には、小田原市郷土文化館がそびえている。そのバルコニーは当然、眼下の蓮の花を見渡せる特等席。というわけで、毎年7月中旬(今年は21日)~下旬の開花シーズンには、毎日9時から、このバルコニーが一般開放される。もしかしたら、蓮の花のほんのり甘い香りが漂ってくるかもしれない。

ちなみに、蓮の花の寿命は4日。花が咲くのは、一般に早朝5時30分~6時ごろ。初日と2日目は昼頃に閉じてしまうが、3日目になると、ずっと閉じることのないまま4日目を迎え、その日のうちに散ってしまう。この花を撮りつづけているカメラマンたちの間では、"蓮の花が一番美しいのは2日目の早朝"というのが定説らしい。

大賀蓮の花は鮮やかなピンク色で、直径24~28cmと普通の蓮よりも大きい

蓮の花は7月の誕生花であり、花言葉は「雄弁」