5月19日、JR芸備線沿線の三次市、広島市、安芸高田市、庄原市が参加する「芸備線対策協議会」は、JR西日本に「芸備線の存続に向けた沿線自治体及び沿線地域によるJR線を活用した利用促進策の実施に係る協力要請」を書面で提出した。簡単に言うと、「私たちにとって大切な芸備線が廃止されかねないので、利用者を増やす努力をしたい。協力してね」というお願いだ。JR西日本は協議に応じる方針だという。

  • 芸備線の三次発備後落合行の普通列車。キハ120形1両でワンマン運転を行う

JR西日本にとっても赤字を減らす対策はしたい。頑張っても黒字にならないとはいえ、許容範囲に収まれば鉄道路線を維持してもいいと考えるだろう。国の支援を受けるにしても、利用促進策が実行され、公共性を認めてもらう必要がある。感染拡大防止で人々の動きが鈍化し、インバウンド回復も期待できない中で、新たな解決策を見出せるか。

芸備線は備中神代駅(岡山県新見市)を起点とし、広島駅(広島県広島市)を終点とする159.1km、全線単線非電化の路線。実態としては、広島側が都市近郊の通勤通学路線、山間部は閑散区間となっている。

JR西日本が公開する「データで見るJR西日本」によると、広島~狩留家間の輸送密度は7,987人/日と高めだが、狩留家~三次間は713人/日で10分の1以下になる。三次~備後落合間は215人/日、備後落合~東城間は11人/日で、JR西日本の区間ごとの集計では最も小さい。東城~備中神代間は84人/日で、この区間の沿線自治体である岡山県新見市は「芸備線対策協議会」の会員ではない。

  • 芸備線は備中神代駅から広島駅まで結び、大半の区間が広島県内にある(地理院地図を加工)

広島市としては、通勤通学路線の広島~狩留家間を死守したい。安芸高田市と三次市も、広島駅へ向かう狩留家~三次間を維持したい。この区間だけ見れば、公共性は高く、廃止されにくいと思われる。しかし、閑散区間を抱える庄原市にとっても、広島へ向かう唯一の鉄道路線を維持したい。区間ごとに検討すれば、備後落合~東城間が危ないから、広島~東城間をまとめて考えてほしい。そこで広島県内4市で「芸備線対策協議会」を結成し、共同戦線を張ったといえるかもしれない。

■既定路線の赤字線見直しが感染拡大で加速

JR西日本はかねてより、中国地方の山間部のローカル線に対し、他の輸送モードに転換したいとの意向を持っている。2013年の中期経営計画で、公共交通事業という観点から、鉄道にこだわらず持続的な輸送手段を検討する方針を示した。2018年には、江津~三次間の三江線を廃止している。三江線は当時、JRグループで最も輸送密度の低い路線だった。2014年度の輸送密度は50人/日とされ、鉄道路線として公共性があるとは言いがたい数字だった。

鉄道事業者として鉄道をやめるという判断は辛く苦しい。しかし、赤字路線に利益を注げば、きちんと鉄道の役割を果たしている黒字路線の維持も危うい。赤字路線の維持も、黒字路線の運営も、公共交通を担う企業の責任だ。公共性の大きい路線は残し、公共性の低い路線は廃止するかバスなどに転換したい。公共性の尺度は輸送密度で、下から順番に対策していく必要がある。

三江線の廃止以降、ローカル線廃止への具体的な動きはなかった。しかしCOVID-19感染拡大防止で人々の動きが鈍化する中、鉄道事業者は例外なく経営危機に直面している。とくに地方ローカル線では、もともと通勤需要が少ない上に、最大顧客の通学生も休校によって減少した。頼みの綱は観光客の誘致だったが、国内需要は外出自粛で低迷し、インバウンドに至っては壊滅状態。鉄道事業者にとって抜き差しならぬ事態となった。

経営面で難しい舵取りが続く中で、JR西日本はローカル線の維持見直し、運行本数削減を加速する方針となった。民間企業としては当然の考え方で、2月18日の社長会見でバスやLRT(軽量軌道交通)への転換を示唆し、5月19日の社長会見では、10月にダイヤ改正を実施して、近畿エリアやその他の西日本エリアで昼間時間帯の列車を減便すると表明している。近畿エリアで約60本、近畿以外の各エリアでは、朝・夜間なども含めて約70本が対象となる。

おもな減便対象路線として芸備線は挙げられなかったが、対象路線リストの末尾に「など」という文字があり、油断はできない。もっとも、すでに芸備線では極端に減便されている区間があり、これ以上の減便は路線廃止も同然だろう。沿線自治体の危機感もそこにあり、「利用促進策」と「JR西日本への協力要請」につながっている。

■「芸備線対策協議会」の利用促進策とは

「芸備線の存続に向けた沿線自治体及び沿線地域によるJR線を活用した利用促進策の実施に係る協力要請」では、具体的な利用促進策として「駅舎施設の活用」「特別車両による貸し切り列車の運行」「使いやすい乗車券の設定」の3点を挙げている。また、「沿線のさまざまな施設と関連付けて」とあり、観光施設に限らず、学校、商業施設など生活レベルの利用促進も意図しているようだ。

  • 木次線と芸備線は備後落合駅で接続する(写真はイメージ)

「芸備線対策協議会」が想定する利用促進策は、近隣路線の木次線が参考になるだろう。木次線は山陰本線の宍道駅と芸備線の備後落合駅を結ぶ81.9km、全線単線非電化の路線。鉄道ファンには三段式スイッチバックなどで知られ、この区間を走る観光列車「奥出雲おろち号」は観光客にも人気がある。車窓から見えるループ道路「奥出雲おろちループ」も名所のひとつ。木次線沿線の雲南市と奥出雲町を流れる斐伊川にはヤマタノオロチ伝説があり、「奥出雲おろち号」の列車名の由来となった。この斐伊川流域の出雲市、雲南市、奥出雲町、飯南町は、「出雲の國・斐伊川サミット」という地域連携組織を作り、「奥出雲おろち号」の運行経費を負担している。

観光列車が走る木次線も、路線全体の輸送密度は低く、2019年度は大糸線のJR西日本区間(南小谷~糸魚川間)に次ぐワースト2位となっている。とくに三江線の廃止方針が発表された2016年から、「次は木次線か」という危機感が増した。そこで沿線の雲南市と奥出雲町は、2017年の木次線開業100周年、2018年の全通80周年の記念行事などをきっかけに、沿線の人々を巻き込んだ利用促進策を展開してきた。

その拠点のひとつに、出雲大東駅の管理団体「つむぎ」のグッズ製作やイベント開催などがある。木次駅の駅名標の隣にハートマークをあしらった「き好き駅」の看板を作り、インスタ映えスポットとして話題になった。車両を貸し切り、カーペットを敷いたカフェ列車「奥出雲女子旅列車」も好評だ。これはJR西日本米子支社と木次鉄道部の全面的な協力で実現したという。

木次線沿線の雲南市と奥出雲町は、「乗って残そうには限界があるから乗ってもらおう」と考え、地域外から集客を獲得する活動を実施してきた。京阪神から木次線を訪れるためには、新幹線や特急列車を乗り継ぐ必要があり、広島・岡山からも鉄道アクセスが便利となれば、JR西日本の売上にも貢献する。こうした活動が実り、JR西日本米子支社から「木次線廃止の議論はない」というお言葉もいただいた。

もっとも、これはCOVID-19発生前のこと。観光客に期待できない現在、木次線も厳しいだろう。「奥出雲おろち号」は機関車が老朽化し、「2023年で運行終了」という報道があったばかり。こちらも心配だ。

芸備線も、JR西日本にとって利点になるようなツアーがあれば、利用促進策の協力は得られるはず。芸備線沿線では、安芸高田市に「毛利元就」「国史跡郡山城跡」、三次市に「三次もののけミュージアム」「辻村寿三郎人形館」など、庄原市に「帝釈峡」「国営備北丘陵公園」などがある。「クルマのほうが便利」と言えばそれまでだが、駅でレンタサイクルやデマンドタクシーを用意できれば鉄道利用につながるだろう。芸備線単体の黒字は難しくても、沿線が活性化し、JR西日本の鉄道ネットワークを生かせる企画に期待したい。JR西日本も、利点が見つかれば廃止ありきの協議はしない……と信じたい。