福井新聞ONLINEの9月3日付の記事「並行在来線福井県の運賃最大1.3倍 県が3パターン検討、北陸新幹線」によると、2023年春に開業する福井県内の並行在来線の普通運賃と通勤定期運賃について、「1.00倍=値上げせず」「5年目まで1.15倍、6年目から11年目まで1.20倍」「1.30倍」の3案が検討され、通学定期運賃もそれぞれに対応し、「1.00倍」「1.05倍」「1.15倍」で試算されているという。

  • 福井県並行在来線の区間(地理院地図を加工)

沿線の利用者にとっては据置きがありがたい。しかし、3パターンが検討される理由は、運賃収入と赤字補填のバランスによって、経営安定化基金の総額が変わってくるからだ。運賃収入が少なければ鉄道会社の赤字額が増えるため、経営安定化基金は大きくなる。運賃収入を増やせれば、経営安定化基金は小さくなる。

並行在来線会社は基本的に赤字が前提で設立される。幹線とはいえ、大都市圏から遠い路線の収支は厳しいし、最も大きな収入源となる特急列車の利用者は新幹線に移ってしまうからだ。それでも自治体が並行在来線を維持する理由は、新幹線による経済効果と合わせれば、並行在来線の赤字を含んでもメリットが大きいと判断するからである。

記事によると、経営安定化基金は沿線市町と県が1対1の負担割合で合意したとのこと。その総額が増えれば自治体の財政にとって負担が大きくなり、間接的に県民、沿線市町民の負担になる。税収や地方交付税交付金が増えなければ、第三セクター会社の経営安定化基金を増やすほど他の公共事業支出は減る。沿線とは関係ない自治体も影響するから、受益者負担を増やすべき、つまり運賃を上げた方がいい、という声も上がるだろう。

ただし、運賃を上げれば「鉄道離れ」が起きて赤字が増える。運賃と経営安定化基金のバランスは慎重な判断が必要だ。福井県は今後、利用者団体など関係者から意見を聞き、議会の議論を経て、年内に結論を出すという。それと同じ時期に正式な会社名も議論されるはず。隣県のIRいしかわ鉄道の社名決定は開業のほぼ2年前だった。利用者や県外の観光客へ知名度を高めるためにも、早い準備が必要だ。

福井県並行在来線準備株式会社は2019(令和元)年8月13日に設立された。県と沿線自治体のほか、北陸電力や福井銀行が出資している。福井県知事の杉本達治氏が取締役会長、福井県庁で県新幹線・地域鉄道対策監だった西村利光氏が代表取締役社長を務める。公式サイト開設は2020年2月からで、表立った活動は社員の募集、そして開業に向けた業務実習である。

ダイヤや車両など、運行に関する情報はもう少し後になりそうだ。北陸新幹線の並行在来線としては、えちごトキめき鉄道が開業時から観光列車用車両「えちごトキめきリゾート雪月花」を導入し、しなの鉄道も「ろくもん」、あいの風とやま鉄道も「一万三千尺物語」という食事付き観光列車を走らせている。福井県並行在来線は約80kmもあり、北端の芦原温泉、南端の敦賀など観光要素もある。新たな観光列車の登場にも期待したい。

■京都丹後鉄道の敦賀直通にも期待

観光列車といえば、日本三景の天橋立付近を運行する京都丹後鉄道も、北陸新幹線の敦賀延伸に期待しているようだ。観光列車「丹後くろまつ号」の天橋立~敦賀間の延長運行が8月28日に発表されており、10月2~4日に運行される予定。8月31日に受付開始したところ、すぐに満席となり、現在はキャンセル待ち状態になっている。10月の通常運行日は空席があることからも、延長運行の人気ぶりがわかる。

  • 「丹後くろまつ号」外観(報道資料より)

  • 「丹後くろまつ号」車内(報道資料より)

京都丹後鉄道は、西舞鶴~宮津間の「宮舞線」、宮津~福知山間の「宮福線」、宮津~天橋立~豊岡間の「宮豊線」を運行する。「丹後くろまつ号」はおもに天橋立~福知山間、天橋立~西舞鶴間で運行される。延長運行では、JR西日本の舞鶴線・小浜線に乗り入れ、敦賀~天橋立間を走行する。

この延長運転は2019年にも実施されており、今年で2年目。前回の運行では、「丹後くろまつ号」の車両がJR西日本の運行システムに対応していなかったため、JR西日本の機関車が牽引する「客車扱い」の運行だった。今年は「丹後くろまつ号」の車両にJR西日本の運行システムを搭載したため、自走できるようになった。

「丹後くろまつ号」に設備投資が行われ、JR西日本の路線を自走可能になった。これは非常に重要なことだ。単発運行なら機関車の牽引でもいい。しかし、自走可能にしたからには、今後も敦賀発の列車を運行しやすくなる。敦賀から舞鶴・天橋立エリアへは近い。北陸新幹線が敦賀駅まで延伸開業すれば、観光列車で乗客を迎えに行けるというわけだ。いまから実績を積めば、毎週末の定期運行に弾みがつく。

  • 「丹後くろまつ号」のルート。黒線と青線が通常運行ルート、赤線が敦賀延伸ルート(地理院地図を加工)

「丹後くろまつ号」だけでなく、JR西日本も小浜線に観光列車を走らせるかもしれない。敦賀・舞鶴・天橋立エリアの観光開発が進みそうだ。

■日本遺産「旧北陸本線」のルート整備も急がれる

鉄道ファンとしては、福井県敦賀市と同県南越前町、滋賀県長浜市の動向も注目したい。2020年6月19日、文化庁はこれら3自治体が連携申請した旧北陸線沿いの鉄道遺産について、「海を越えた鉄道 ~世界へつながる 鉄路のキセキ~」として日本遺産に認定した。

長浜市で現存する日本最古の駅舎「旧長浜駅舎」、福井県と滋賀県にまたがる旧北陸本線の「柳ヶ瀬トンネル」、敦賀~今庄間の旧北陸本線は、北陸トンネル開通前に使われていた12カ所のトンネルやスイッチバックの遺構がある。日本遺産はこれらを含む45の史跡、道具、きっぷなどが含まれる。

  • 敦賀赤レンガ倉庫に保存展示されているキハ28形気動車。敦賀港線付近も鉄道観光拠点の整備が進む。赤レンガ内には巨大ジオラマがある

ただし、いまのところ、これらを効率的に巡る公共交通機関が整備されていない。旧鉄道トンネルが単線で低いため、大型観光バスが通れない。マイクロバスや乗合タクシーを使った観光ルートの整備が必要だ。敦賀市も敦賀港線の旧駅を観光拠点とし、SL列車を走らせる構想がある。日本遺産認定と北陸新幹線敦賀開業をめざした取組みに期待したい。