JR西日本は7月22日の定例社長会見にて、運賃制度の見直しに向けた検討を始めたと明らかにした。日経電子版、神戸新聞電子版などが報道したほか、JR西日本の公式サイトにも社長会見の内容が記載されている。
お客様のご利用がコロナ前の状態に戻らない前提で、持続可能な経営を行うため、私どもの商品であるダイヤ、運賃・料金、サービス提供のあり方について大きな課題認識を持っています。
日経電子版の7月22日付の記事「JR西、コロナ禍でダイヤ・運賃のあり方検討も」では、朝ラッシュ時やお盆期間などに利用者が集中することに対し、「料金施策で利用の平準化をはかる」と値上げを匂わせた。
神戸新聞NEXTの7月23日付の記事「JR西、時間帯別運賃検討 来春にも終電繰り上げ」によると、定例社長会見の中で、「運賃の変更は国の認可が必要であり社会的な議論も必要。当面は商品企画で」と説明したという。また、21時以降の利用者が減っていること、保守作業員の働き方改革も必要として、来年春のダイヤ改正で終電時間を繰り上げることも示唆した。
JR西日本の会見に先立ち、JR東日本も7月7日の定例社長会見で、「時間帯別運賃を含めた新たな運賃の在り方を検討する」と表明している。時事通信などの報道によると、「コロナ以前には戻らない。長期的に経営が成り立つようコストやダイヤ、運賃を見直す」とのこと。7月23日の日経電子版「JR東社長『スイカに回数券機能も』 コロナ禍で旅客需要低迷 定期券、運賃体系柔軟に」では、「スイカによる回数券の販売など、『定期運賃』と『普通運賃』の中間のような売り方もできる。月々の利用回数に応じ段階的に料金が変わる定期券も一つの形」と、具体的な施策案を示している。
JR東日本もJR西日本も「運賃を見直す」と表現したが、これらは「値上げしたい」と言い換えて良いだろう。「お客様が減りました。売上が減ります。回復するために値上げします」は商売の基本。利用者としては負担が増えて困るものの、理解はできる。
■むしろいままで値上げしなかったことが不思議
JR各社をはじめ、鉄道事業者にとって運賃値上げは簡単ではない。過去に本誌連載「鉄道トリビア」第478回「鉄道事業の原価の一部は『基準コスト』という名目で公開されている」で紹介したように、鉄道の運賃は国への認可申請が必要で、その審査にあたっては、「ヤードスティック方式」で原価を精査され、適切な利潤の範囲にとどめなければならない。
この結果、鉄道運賃の値上げはほとんど行われなかった。JR東日本、JR東海、JR西日本の3社は、1987(昭和62)年の発足以来、33年間にわたって消費税の転嫁以外では値上げしていない。ちなみに、消費税の転嫁による値上げは1989年、1997年、2014年、2019年の4回あったが、便乗した値上げはなかった。
実質的に33年間も運賃を据え置いた状態は珍しい。私たちの身の回りをみても、小麦粉や乳製品などは高くなった気がする。スナック菓子は価格据置きで容量が減った。「うまい棒」の穴も大きくなった……など、実質的な値上げが話題となった。「物価の優等生」と呼ばれる卵でさえ、10個100円台だった価格が200円台に届きそうだ。「もやしが安すぎる」との生産者の声が高まり、見直されたというニュースもあった。
そんな中でも本州3社の鉄道運賃はほぼ据置きだった。これは鉄道事業者の努力もあるし、ヤードスティック対象の経費算定項目が値上がりしていないことなどが考えられる。じつは消費者物価もそれほど上がっていない。私たちの暮らしでは見えにくいものの価格が上がっていないからだ。たとえば通信費、IT機器、メモリーカードなどは下がっている。こうした状況では、国も鉄道運賃の値上げを認めにくい。
例外として、JR九州、JR四国、JR北海道は1996年に値上げが行われた。本州3社に比べて乗客が極端に少なく、コスト負担が大きいため、本州3社と同じ基準にはできないと判断されたからだった。JR北海道は経営危機のため、2019年の消費税増税に加えて9.1%の運賃値上げを実施している。
■当面は割引の見直しか
JR東日本やJR西日本が直面する「乗客減」は他社も同じ。今後はJR東海や大手私鉄なども追随すると予想される。次のステップは国が認可するか否か。ヤードスティック方式を改めるか、「適切な利潤」の解釈を変えるか。いずれにしても、JR西日本の社長が言うように、「議論が必要」で、即効性はない。したがって、「当面は商品企画で」となる。「時間帯運賃」として時間ごとに料金格差を作る場合は、「通勤時間帯を高く」「その他の時間帯を安く」だろう。
運賃全体を値上げせず、時間帯別運賃を手っ取り早く実現する方法としては、定期券の使用時間帯を限定し、割引率を下げる施策が考えられる。日中など適用時間外は普通運賃または若干の割引運賃を乗車ごとにチャージ金額から引き落とす。
IC乗車券と自動改札の組み合わせであれば、定期券以外の利用者に対しても、時間帯別に料金をカウントできる。ただし、これをできる事業者は限られる。JR四国は定例社長会見にて、「時間帯別の運賃について、『考えていない』と述べた」と日経電子版が報じている。JR北海道、JR九州も同様だろう。IC乗車券が使える都市部だけ割引を行うという施策もありうる。不公平な気がするものの、もともと地方ローカル線は運賃計算用に長めの距離を設定し、割高にしている。
IC乗車券ではなく、きっぷを買った場合の時間帯別運賃をどうするか。時間帯チェックは有人改札でもできる。しかし、きっぷ購入時に割引時間帯を指定する方式になるか。大手私鉄が採用する「時差回数券」方式もある。
時間帯の他に、お盆期間や年末年始など、「期間別運賃」のしくみも必要になる。ただし、各事業者とも「期間限定の往復割引きっぷ」や「期間限定フリーきっぷ」といった形で、すでに実現しているともいえる。普通運賃については、値上げというより、「割引なし乗車券は通年使える。割引乗車券は混雑時には利用不可、あるいは追加料金の精算が必要」というしくみになるかもしれない。
いずれにしても、高速道路料金のように、「現金の場合は割引なしの基本料金で、ETCを使えば区間割引、夜間割引、週末割引などさまざまな割引を用意しますよ」という形に落ち着くのではないかと考えられる。
■普通運賃を値上げする分、企画乗車券を安くしてほしい
JR東日本やJR西日本が検討する「時間帯別運賃」「期間別運賃」は、混雑時に増収したいという趣旨だ。「料金施策で利用の平準化」とは、「混雑時に値上げし、混雑しない時間を値引きして、利用客の集中を避けたい」である。これは新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防ぐ趣旨にも適う。
もともと鉄道事業者は閑散時間帯の利用増に取り組んできた。最混雑時に合わせて複々線化し、車両を増備しても、その他の時間帯は稼働しないからだ。古くは休日の利用を促すために、ターミナルビルにデパートをつくり、郊外を観光開発し、通勤とは逆方向に学校を誘致してきた。増収策として典型的な商品といえば、「青春18きっぷ」だろう。通勤通学利用者が減るシーズンの鉄道利用を促す趣旨がある。期間別運賃についても、特急料金を「繁忙期」「通常期」「閑散期」の料金設定で実施している。
その一方で、「乗り鉄」向けのきっぷは実質値上げが行われてきたことは記しておきたい。たとえば、「周遊きっぷ」の廃止やフリーきっぷの特急料金除外など。「周遊きっぷ」は目的地のフリーきっぷ(ゾーン券)と、そこまでの往復乗車券が2割引という、「乗り鉄」にとってありがたいきっぷだった。ゾーン券は特急列車の自由席にも乗れた。このきっぷは2013年に廃止された。
これ以外にも、広範囲なフリーきっぷや「往復きっぷ+フリーきっぷ」があって、過去には特急列車の自由席に乗れる券種が多かった。しかし、現在は乗車券のみ有効、特急券は別途購入というきっぷが目立つ。地方私鉄を組み込んだ新しいきっぷも出ているものの、自由度の高いフリーきっぷは減ったように思う。新幹線の特急料金も、九州新幹線や北海道新幹線は直通する新幹線と通算せず、合算式になっている。見方を変えれば、乗車券の上限を動かせない状況で、JR各社は涙ぐましい増収努力を続けてきたといえる。
「青春18きっぷ」は消費税分の値上げにとどまっているが、発売当時と比べて廃止された路線や第三セクター化された路線が多い。それにともない、乗車対象となるJR路線距離は減っている。それでも発売額はほぼ据置きだったので、実質的な値上げといえる。スナック菓子の減量パッケージみたいなものだ。
「乗り鉄」としては、普通運賃を値上げしても良いから、その代わりに閑散期のお得な企画乗車券を増やしてほしい。時間帯別、期間別に加えて、「年齢別」も提案したい。若い人向けの割安なきっぷを発売して、鉄道旅行のファンを増やす。それが鉄道事業者の将来にとって必要ではないか。
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