5月22日、山梨県は「富士山登山鉄道」の可能性を探る勉強会を開催した。各紙の報道によると、実現に前向きな意見が多かったとのことで、山梨県知事は6月12日に開会する予定の6月定例県議会に関連する予算案を提出し、「富士山登山鉄道構想検討会」を6月末以降に設置すると表明している。年度内に中間とりまとめを実施し、実現可能性がある場合は2年後をめどに、ルート案など基本構想を策定するという。

  • 「富士山登山鉄道」は富士スバルラインの転用案が有力(国土地理院地図を加工)

    「富士山登山鉄道」は富士スバルラインの転用案が有力。他の交通機関の結節点も検討課題のひとつに(国土地理院地図を加工)

勉強会の開催地は山梨県庁ではなく、東京都千代田区平河町の都道府県会館。国政に近く、有力者、識者が集まりやすい場所を選んだようだ。県のプロジェクトではあるけれども、富士山は日本国の象徴であり、国定公園でもある。国、そして国民の理解が必要という判断があったことだろう。

勉強会の参加者は山梨県知事のほか、富士山世界遺産国民会議、JR東日本、参議院議員ほか、交通、メディア、環境、証券、不動産関係など14名だった。元国土交通省、元気象庁の肩書きもある。このメンバーは引き続き「富士山登山鉄道構想検討会」で理事や顧問を務め、委員として地元経済界や観光業界に参加を求めていくという。山梨日日新聞の5月23日付の記事「富士登山鉄道、2年で構想 長崎知事、今夏に検討会設置」などに、勉強会の参加者が紹介されていた。

  • 長崎幸太郎氏(山梨県知事)
  • 青柳正規氏(NPO富士山世界遺産国民会議理事長、多摩美術大学理事長、元文化庁長官)
  • 太田孝昭氏(NPO富士山世界遺産国民会議監事、税理士、元東京国税局)
  • 小田全宏氏(NPO富士山世界遺産国民会議運営委員会委員長、NPO日本政策フロンティア理事長)
  • 平林良仁氏(NPO富士山世界遺産国民会議評議員、河口湖オルゴールの森美術館代表、船井財産コンサルタンツ元社長)
  • 喜勢陽一氏(JR東日本常務取締役、総合企画本部長、地方創生担当)
  • 岩村敬氏(一般社団法人環境優良車普及機構会長、元国土交通省事務次官)
  • 山東昭子氏(参議院議員、自由民主党食育調査会会長、環境保全議員連盟会長)
  • 島田晴雄氏(首都大学東京理事長、慶應義塾大学名誉教授、経済学者)
  • 宮田年耕氏(首都高速道路株式会社代表取締役社長、元国土交通省道路局長)
  • 清水喜彦氏(SMBC日興証券株式会社代表取締役社長)
  • 高橋誠一氏(全国賃貸管理ビジネス協会会長、三光ソフランホールディングス株式会社代表取締役社長)
  • 日枝久氏(フジサンケイグループ代表、公益社団法人全国公立文化施設協会会長)
  • 藤井敏嗣氏(山梨県富士山化学研究所所長、前気象庁火山噴火予知連絡会会長、地球科学者、東京大学名誉教授)

当連載の第141回でも紹介したように、「富士山登山鉄道」は山梨県知事選挙において、現知事の公約のひとつだった。山梨県の長崎知事は「有権者への約束」ととらえ、山梨県内の検討を1段階進める考えのようだ。

勉強会では異論がなく、「富士スバルラインのマイカー乗り入れは環境問題である」「富士山登山鉄道へのアクセス手段の整備が必要」「噴火時の避難手段として鉄道が有利」「鉄道建設と同時に電力ラインを整備すると噴火の兆候把握に必要な観測点を充実できる」など、環境、交通、経済効果、気象インフラなどの意見が出された。

富士五湖観光連盟が2017年2月に公開した動画「鉄道が開く富士山の未来」では、富士スバルラインに複線の併用軌道を敷設し、4両編成の路面電車が走行する様子が描かれている。この方式であれば、緊急時に列車を停止し、緊急自動車を通行できる。朝日新聞の5月22日付の記事「富士山に『登山鉄道』再浮上 何度も頓挫、新知事が意欲」によると、「登山者が殺到する夏のピーク時でも入山者数をコントロールでき、冬も5合目まで行けるため通年観光の展望が開ける」とのこと。動画でも冬の富士山観光が描かれていた。

一方、読売新聞の5月23日付の記事「登山鉄道検討会設置へ 知事意向『2年程度で構想作りを』」では、富士吉田市の市長が鉄道の利点を認めた上で、「商業主義に走りすぎるのは困る。個人的には反対」という声を紹介した。他にも「鉄道は輸送力が低下するのではないか」「富士スバルラインはドライブの人気コース、魅力低下につながる」、さらには「開発によって世界遺産登録が抹消される可能性」を懸念する声もあるようだ。

世界遺産登録については、著しく景観を損なう場合は登録抹消のおそれがある。しかし、筆者は鉄道建設による登録抹消の心配はないだろうと考える。富士山の世界文化遺産登録については、国際記念物遺跡会議(ICOMOS)の「環境保全策を提出せよ」という条件付きだった。その中でも、「富士五湖畔の不適切な駐車」「7、8月の登山道へ向かう自家用車(と渋滞)」が指摘されている。「富士山登山鉄道」の敷設はこの項目の改善につながる。

山梨県企業局は過去に鉄道を含めた26種類の交通システムを検討し、富士スバルラインを残して「電気バス」「トロリーバス」などが有力と結論づけた。しかし、電気バスはともかく、トロリーバスは難しいだろう。ICOMOSの環境保全策に「電柱」の削減が求められているため、トロリー線用の電柱は立てられない。

そうなると、「富士山登山鉄道」に最もふさわしいシステムとして、JR東日本やJR九州が導入しているバッテリー充電タイプの電車が有力と考えられる。路面電車であれば、台湾・高雄市を走る路面電車がイメージに近い。これなら充電施設は起点・終点の2カ所で済み、ルート上に架線柱は不要。自動車向けの方向案内板も撤去できる。

回生ブレーキを装備すれば、5合目側の充電施設も省略できるかもしれない。ピストン輸送で充電時間が不足するなら、電車ではなく電気機関車方式とし、客車はフル稼働、機関車は交替して充電時間を確保する方法もありうる。富士スバルラインを逸脱しないルートにするなら、大型電車をヘアピンカーブで通行させるには難しい。大井川鐵道井川線や黒部峡谷鉄道のようなトロッコタイプの列車が良さそうだ。建設費の部分では、動画のような複線ではなく、単線で複数の行き違い設備を設けたほうが良いかもしれない。

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いずれにしても、検討会にJR東日本が参加しているし、おそらく富士急行も参加することになるだろう。鉄道のエキスパートが、課題をクリアするためにどのような仕様を策定するか。非常に興味深い。