夏だから鉄道が舞台の恐怖映画を観よう。2006年9月公開の『オトシモノ』は、都市近郊の通勤路線で起きる恐怖を描く。女子高生の生活と、誰もが利用する通勤通学電車。ありふれた日常の裏で、呪われた事件が起きる。

映画『オトシモノ』のおもなロケ地は北総鉄道

主役の女子高生を演じる沢尻エリカがかわいい。電車運転士役の小栗旬も初々しい。他の出演者は若槻千夏、杉本彩、板尾創路、斎木しげる、浅田美代子ら。本作は沢尻エリカの映画初主演作。それを実力派キャストが支えている。

おもなロケ地は北総鉄道で、クライマックスの場面は秩父鉄道。劇中、人身事故が立て続けに起き、駅構内で幽霊がさまよう。こんな電車なんか怖くて乗れない。ロケ地を提供した鉄道会社の勇気に拍手したい。

定期券、ブレスレット……呪われた落とし物

入院した母を見舞うため、高校3年生の奈々(沢尻エリカ)は小学生の妹・範子と電車で出かける。2人は駅で範子の同級生の男の子と会う。しかしその表情は暗い。「ぼく、死んじゃうんだって。これ拾ったから」と、少年は赤いパスケースに入った定期券を見せた。その後、彼は失踪する。

数日後、範子のランドセルの中に、なぜか赤いパスケースがあった。範子は落とし物を拾って届け忘れたという。奈々は不吉な予感があって、自分が代わりに届けると言う。しかし、範子は自分で行くと断った。その範子も失踪した。奈々は範子を探すうちに、この鉄道沿線の行方不明者が多いことに気づく。

電車の運転士・久我俊一(小栗旬)は、乗務中にトンネル内で線路内に横たわる女を見た。急ブレーキをかけて停車したが、女の姿はない。そんな事件が続き、俊一はとうとう乗務を外され、遺失物係となる。そこには先輩社員の川村(板尾創路)がいた。彼はなにかを知っているようだ。

奈々の同級生・香苗(若槻千夏)はボーイフレンドからブレスレットをもらう。香苗は落とし物と知らずに受け取り、腕にはめる。ところが、ブレスレットは香苗の手首を締め付けていく。どんな工具を使っても、なぜか取り外せない。

この鉄道には落とし物に関する恐ろしい秘密がある。どうやら女の幽霊が関係しているらしい。奈々・俊一・香苗はそれぞれ謎に迫っていく……。

ホラー映画という分野だけど、残虐なシーンは少ない。恐怖の中で、優等生の奈々と不良娘の香苗に友情が生まれる。そんな青春ドラマの一面もある。女子高生に襲いかかる恐怖、彼女たちがおびえたり安堵したりと、さまざまな表情も楽しめる作品といえそうだ。

北総鉄道がロケ地提供に積極的な理由とは?

舞台となる鉄道路線は「三葉電鉄」の「三葉圏央線」。もちろん架空の鉄道会社だ。でもロケ地はひと目で北総鉄道とわかる。呪われたトンネルの両側、「水無駅」(地下)は矢切駅、「黒橋駅」(地上駅)は印西牧の原駅だ。電車も北総鉄道の9100形・7300形である。相互乗入れしている京成電鉄、都営浅草線、京急電鉄の車両は出てこない。背景にも映らず、登場する電車は銀色の車体に青いラインの車両に統一されている。

秩父鉄道の電気機関車も活躍(写真はイメージ)

ただし、全編が北総線で撮影されたかと思ったら違った。途中から貨車のワキ800形や国鉄12系客車が現れて、小栗旬が青い電気機関車に乗り込む。この場面は秩父鉄道だ。青い機関車は秩父鉄道のデキ500形507号機。海外の映画評サイトでは、「507」という数字は、「Go」と主人公の名前「奈々(7)」を意味するとあるけれど、これは偶然だろう。

北総鉄道は映画・ドラマなどの撮影に協力的な会社だ。古くはテレビゲーム『電車でGo!』のテレビCMに登場し、最近では特撮ドラマ『烈車戦隊トッキュウジャー』のメインロケ地でもある。奈々や香苗の窮地を見て、「ここでトッキュウジャーが助けてくれたらいいのに……」などと余計なことを考えてしまった。

北総鉄道がロケ地提供に積極的な理由は、使用料収入を得るためだ。同社は建設時の借金が大きく、運賃収入以外の収入も返済に活用している。だからイメージダウンになりそうな幽霊や人身事故の場面も許容範囲なのかもしれない。それにしても、終盤で亡者が多数登場する場面を見ると、これはもしかして、北総線の高額運賃を嘆く沿線利用者の「怨念」か? と邪推してしまう。

エンドロールには撮影協力として関東鉄道も表記されている。「いばらきフィルムコミッション」の公式サイトによると、水街道車両基地も使われているようだ。

秩父鉄道の機関車の走行もツッコミどころ。運転士1人だけでは列車は動かない。信号係や列車指令など、列車の運転には多くの職員が関わっているからだ。夜中に勝手に機関車を走らせるなんて、ホラーな場面よりも恐ろしい。この映画で最も怖い場面はここかもしれない。

※写真は本文とは関係ありません。

映画『オトシモノ』に登場する鉄道風景

9100形電車 北総鉄道だけではなく、京成線や都営浅草線、京急線にも乗り入れる電車。正確には北総鉄道ではなく、千葉ニュータウン鉄道の所有車両だ。小室~印旛日本医大間は千葉ニュータウン鉄道の路線で、北総鉄道が運行を受託している
7300形電車 京成電鉄3700形の北総鉄道バージョン。3編成が稼働している。そのうち1編成は京成電鉄からのリース車両だ
デキ500形電気機関車 秩父鉄道で活躍する電気機関車。おもにセメントや石灰石の輸送に従事する。劇中登場する507号機は太平洋セメントの所有車だ
ワキ800形 茶色い箱形の貨車。国鉄のワキ5000形の秩父鉄道バージョン。現在は三峰口駅構内の秩父鉄道車両公園で展示されている
12系客車 ブルーに青帯の客車。国鉄時代に団体列車用に製造された。秩父鉄道に譲渡された車両は、SL列車「パレオエクスプレス」に使用されている
矢切駅 北総鉄道の地下駅。劇中では「水無駅」として登場する
印西牧の原駅 北総鉄道の地上駅。劇中では「黒橋駅」
北国分駅 北総鉄道の地下駅。劇中の駅名は不明
三峰口駅の列車 秩父鉄道の車両基地がある。秩父鉄道車両公園を併設