東京・新宿の「タカシマヤ タイムズスクエア」は新宿貨物駅の跡地に建設された。そのテナントの紀伊国屋書店にぶらりと入ったら、本書の表紙に魅了された。青い空間に光点が散りばめられ、トンネルのように奥深く続いていくようだ。その右下にはエスカレーターがある。これはプラネタリウムだろうか、それとも水族館か。どちらも興味があるけれど、タイトルを読んでびっくりした。『世界で一番美しい駅舎』。なんと、この空間は駅だった。いったいどこにある駅なんだろう?

本書は世界各国から「美しい駅」を紹介する写真集だ。駅は列車に乗るための施設にすぎない。されど駅舎は街の玄関でもある。旅人を迎えたり、旅立つ人を送り出したりする。国際列車が発着する駅は国の玄関でもあるわけで、国際空港と同格の趣がある。駅舎には機能美、威信、芸術、伝統など、さまざまな思いが込められている。駅舎の堂々たる姿だけではなく、プラットホームの雰囲気も伝わってくる。人々の表情までは読み取れないけれど、旅情とドラマを感じる。写真を眺めているうちに、「いつかこれらの駅を実際に訪れたい」という気持ちになる。

巨大空間に植物園、アルプスの宇宙船、白亜の御殿……、すべて「駅」

『世界で一番美しい駅舎』の表紙に使われたナポリ地下鉄トレド駅(ナポリ地下鉄公式サイトより)

『世界で一番美しい駅舎』に収録された写真は、日本最大級の画像素材提供会社「アフロ」が版権管理する作品だ。アフロは国内外で撮影された1,000万点以上の写真や動画を報道機関や広告代理店などに提供している。新聞や雑誌で、「写真提供 / アフロ」などとクレジットされているから、知っている人も多いだろう。同社の写真販売サイトには鉄道分野もあって、サンプルを眺めるだけでも楽しい。

その膨大な作品の中から選りすぐられた34駅は、どれも個性的で美しく、楽しい。たとえばスペインの「マドリッド・ブエルタ・デ・アトーチャ」駅は、巨大ドームの中に熱帯植物園が作られた「贅沢な待合室」がある。マレーシアの「クアラ・ルンプール」駅は真っ白な殿堂。青い空と熱帯植物の緑に映える。これはイギリス人の設計によるものだそうだ。トルコの「ハイダルパシャ」駅は巨大なルネッサンス様式。ヨーロッパとアジアを結ぶ要塞のような佇まいだ。

古い建築の荘厳さに圧倒されつつも、新しい素材やデザインにも魅了された。ベルギーの「リエージュ=ギルマン」駅は白い骨組みとガラスを全面的に採用している。その繊細な曲線美に圧倒される。ホームの上屋の骨組みの陰が列車に落ちて、これがまた全体的な幾何学模様に取り込まれる。近代的な鉄道車両のデザインも駅の雰囲気になじんでいた。大きな駅だけではなく、小さな駅舎も楽しい。「ホアヒン」駅はタイの伝統様式に則った木造駅舎だ。王室専用の待合室は赤い家のようでかわいい。

アフロにはもっとたくさんの駅の写真があるだろうから、その中で1冊の本にする写真を選ぶとは、なんとたいへんな、そして楽しい作業だったことだろう。

写真に控えめに添えられた文章は、フリーライターの羽田野友美子氏が手がけた。製薬会社で企画や広報などを経験し、健康問題から観光情報まで、幅広く活躍されている様子。各駅に添えられたトリビアが興味深い。そのひとつを紹介すると、オーストリアの「フンガーブルク」駅では、「アルプスに降り立った宇宙船」という見出しが付けられ、写真を見るとまさにその通り。この駅を設計した建築家ザハ・ハディト氏は、2020年東京オリンピックのメイン会場となる国立競技場を手がけることになったそうだ。それぞれの駅舎について、建築家のプロフィール、所在地の歴史などにも触れられている。

本書は今年5月に発行された。すばらしい写真ばかりで、もっと大きなサイズで見たくなる。本書の続編が出たらいいなと思いつつ、シリーズのひとつとして、カレンダーとして発売してもらえないだろうか。飛行機の世界では、写真家のルーク・オザワ氏によるB全判の「ANAフライトカレンダー」があるけれど、鉄道分野で大判の写真カレンダーがなくて寂しい。「世界の駅舎カレンダー」いいと思うんだけどなあ……。

日本の駅もふたつ収録

世界の34駅の中で、日本からも「東京駅」と「金沢駅」が紹介されている。東京駅は、「復原工事」が終わったばかりの丸の内駅舎。ライトアップされた姿やドーム内の様子などは、たしかに世界の駅に引けを取らない格式と美しさを感じさせる。金沢駅は日本の伝統と新しいデザインを融合した駅舎だ。駅前広場の鼓門の堂々たる姿や、アルミと強化ガラスでくみ上げられた巨大な「もてなしドーム」など、写真でじっくり鑑賞できる。

東京駅も金沢駅も、「世界で一番美しい駅舎」にふさわしい。だけど、世界の駅と比較すると残念なところもある。イギリスの「キングス・クロス」駅やブラジルの「ルス」駅などは、駅舎だけではなく、ホームや待合室などもデザインが統一されて一体感がある。一方、日本の駅の場合、駅舎は立派でもホームやコンコースは実用一点張りで、ちょっと寂しい。「ここから列車に乗って遠くへ行くんだ」というワクワク感がない。そこが日本の駅デザインの課題かもしれない。

写真集『世界で一番美しい駅舎』で紹介されている駅

アントワープ中央駅 ベルギー リスボン・オリエンテ駅 ポルトガル
マドリッド・ブエルタ・デ・アトーチャ駅 スペイン ストラスブール駅 フランス
キングス・クロス駅 イギリス パリ北駅 フランス
ストックホルム地下鉄 スウェーデン セント・パングラス駅 イギリス
フンガーブルク駅 オーストリア ニューヨーク・グランドセントラル駅 アメリカ
アクロポリ駅 ギリシア 金沢駅 日本
ルス駅 ブラジル バールシュマン駅 アラブ首長国連邦
リスボン・ロッシオ駅 ポルトガル サン=テグジュペリTGV駅 フランス
東京駅 日本 ホアヒン駅 タイ
メルボルン・フリンダース・ストリート駅 オーストリラリア クアラ・ルンプール駅 マレーシア
ナポリ地下鉄トレド駅 イタリア チャトラパティ・シヴァーシー・ターミナス駅 インド
リエージュ=ギユマン駅 ベルギー アムステルダム中央駅 オランダ
ウォータールー駅 イギリス ハイダルパシャ駅 トルコ
ヘルシンキ中央駅 フィンランド シルケシ駅 トルコ
ミラノ中央駅 イタリア モスクワ地下鉄 ロシア
プラハ本駅 チェコ サン・ベント駅 ポルトガル
マプト駅 モサゼセンビーク サザンクロス駅 オーストラリア