『夢より短い旅の果て』は、ミステリー分野を得意とする作家、柴田よしき氏による鉄道紀行小説だ。2010年から2011年にかけて雑誌「本の旅人」で連載され、2012年に書き下ろし原稿を加えて書籍化された。柴田氏は、女性刑事を主人公とした「RIKO」シリーズなどで人気があり、映像化された作品も多いという。

『夢より短い旅の果て』柴田よしき著。角川書店

失礼ながら、上記の知識がまったくないまま、本のタイトルと、帯の「新しい旅に出たくなる鉄道紀行(ロマン)ミステリー」に注目して読み始めた。主人公は女子大生で、舞台は大学の「鉄道旅研究会」。主人公の周りの人物たちは鉄道そのものよりも、列車の旅に興味を持つ人々。読み始めてすぐに、これは鉄道紀行を取り入れた青春小説だとわかった。登場人物が旅する鉄道路線はどれも魅力的で、風景描写も詳しい。その臨場感で、読み手も旅の情景に包まれていく。

ところが読み進むうちに、鉄道紀行と同じくらいミステリーの要素が強くなってくる。鉄道ファンではない女子大生が、他大学の鉄道旅研究会の正会員になるために努力する理由は何か。旅先で見かけた人物の奇妙な行動……。その行く末が気になって物語に没入した。旅先での主人公の一喜一憂が伝わってくる。主人公と読み手の鼓動がリンクしているかのようだ。こんな読書体験は久しぶり。旅の気分と謎解きの組み合わせはおもしろい。

そこで、著者はどんな方だろうと調べてたら、冒頭に紹介したようにミステリー分野で大人気の作家とのこと。なるほど納得だ。

封印された「鉄道旅研究会」の事件…

主人公の四十九院(つるしいん)香澄は東京の有名女子大に進学するため、広島から上京した。しかし彼女の目的は女子大ではなく、女子大の旅行サークルに入り、提携関係にある西神奈川大学の鉄道旅研究会に入りたかった。しかし香澄は鉄道好きではない。鉄道旅研究会に入る目的は、そこで過去に起きた「事件」の手がかりを探すためだった。

香澄は真の目的を隠し、同好会活動に参加して列車に乗り、レポートを書く。鉄道の魅力を語る先輩たちに影響され、鉄道旅の楽しさもわかってきた。車窓の風景だけではなく、列車に乗り合わせた人々の人生を感じる。そして旅の本質は出会いだと知るのだ。

しかし、香澄は本来の目的を忘れたわけではない。香澄の思い出を灰色に塗りつぶした「事件」。その手がかりを探したい。同好会の先輩たちは香澄の目的に気づいているようだ。香澄は仲間たちと楽しい旅を続けながら、真相へと近づいていく。

2010年の鉄道旅、その情景が浮かび上がる

物語は8章で構成されており、香澄は8つの路線を旅する。ひとつ目は横浜高速鉄道こどもの国線。かつては東急こどもの国線だった。その建設の由来や通勤線化などの基礎知識もきちんと押さえている。鉄道旅初心者の香澄が同好会会長にアドバイスを受け、「東京近郊の短い路線でも旅はできる」と知る。これは良い導入編だ。

すでに廃止された急行「能登」の車中泊は、今となっては懐かしい場面。北陸鉄道浅野川線に隠された歴史。飯田線と秘境駅から思いやる「鉄道の存在意義」など、鉄道旅研究会の先輩から語られる言葉も興味深い。ときには鉄道趣味丸出しで、そうかと思えば社会派な考察もある。それでいて堅苦しくならず、「この知識を知っていると、旅がもっと楽しくなるよ」という切り口になっている。

本書に登場する路線や列車に乗ったことがあるなら、そんな先輩たちに共感しつつ、物語のミステリー要素を楽しめる。まだ乗ったことがない路線を読めば、今すぐにでも乗りに行きたくなる。本書の帯の「今すぐ旅に出たくなる」は本当だ。

本書の時代設定は2010年。香澄は東日本大震災に遭う前の常磐線に乗っている。真相に迫りつつ、新たな旅を始めようと決意した香澄。その行く末はどうなるか? 本書の続編は東北編で、『愛より優しい旅の空』の題名で雑誌「本の旅人」にて連載中とのことだ。こちらも書籍化を楽しみに待ちたい。

小説『夢より短い旅の果て』に登場する鉄道風景

こどもの国線 横浜高速鉄道の路線。東急こどもの国線に中間駅の「恩田」を設置して通勤路線化。東急の車両工場もある
寝台特急「北陸」 上野発金沢行のブルートレイン。「能登」に乗る香澄たちが目撃する
急行「能登」 上野発金沢行の夜行急行。特急形電車489系を使用。6号車ラウンジの描写もある
北陸鉄道浅野川線 急行「能登」から乗り継ぐ。香澄の真の目的が明らかになる
氷見線 JR西日本の路線。高岡から氷見への旅。香澄は乗り鉄の男性と出会い、美しい景色と美味を堪能する
特急「スペーシアきぬがわ」 東武鉄道の特急。香澄は新宿駅から乗車し、下今市駅で日光行に乗り換える。栗橋駅でJR東日本から東武鉄道に乗り入れる場面がある
日光線 JR東日本の路線。日光駅から宇都宮へ。日光駅の貴賓室は見学可能。香澄が乗った電車は107系のレトロ調塗装。2013年に全車引退している
飯田線 JR東海の路線。名鉄との共用区間、秘境駅などのエピソードが先輩から語られる
ゆいレール 沖縄都市高速鉄道の路線。日本最南端・最西端の駅ほか、各駅周辺の描写が詳しい
常磐線 JR東日本の路線。香澄は上野発仙台行「スーパーひたち」に乗車する