かなり昔のことになるが、筆者はいっぱしの「スバリスト」を気取って、レオーネツーリングワゴンを乗り回していたことがある。スバルならではの4WDの走りやサウンドを楽しんだものだが、もうひとつ忘れられないのがそのスタイリングだ。

2段ルーフでボリュームのあるリアセクションとは対照的に、フロントは異常なまでにボンネットが低く、シャープなクサビ形状。なるほどこれは水平対向エンジンならではだな……、と感心したものだが、そのボンネットを開けたときは、感心を通り越して驚いた。そこにはスペアタイヤが鎮座していたのだ。エンジンは低いボンネットの下のスペアタイヤのさらに下。水平対向エンジンはそんな芸当ができるほど特異なエンジンなのだ。

スバルXVハイブリッドは、発売後2週間で目標の10倍以上の受注を記録した

水平対向エンジンに特化、スバルは「世界で唯一無二」の存在に

現在、自動車用エンジンは直列エンジンとV型エンジンがそのほとんどを占めているが、これら主流に背を向けている孤高の存在が水平対向エンジンといえるだろう。なにしろ、現在も乗用車のために水平対向エンジンを開発・製造しているメーカーは世界でポルシェとスバルの2社しかなく、フロントエンジンに限れば唯一、スバル1社だけだ。

水平対向エンジンは、その素性としてはきわめて優れていて、振動が少なく、重心が低くコンパクト。かつてはヨーロッパを中心に、数多くの自動車メーカーに採用されていた。でも結局のところ、主流にはなれなかった。リアやミッドに搭載するには都合のいいエンジンだが、そんなクルマ自体が特殊な存在だし、フロントエンジンについては一部の高級車やスポーツカーを除いて、エンジン横置きのFF方式に席巻されてしまったからだ。

水平対向エンジンは優れた特性を持つ反面、ほかのエンジンと比べて極端に形状が違うため、融通がきかないという特異性がある。直4として作ったクルマに、後からV6を押しこむがごとく、既存のモデルに水平対向エンジンを載せるということはできないのだ。このエンジンを採用すると決めたら、エンジンとともにシャシーも専用に開発しなければならない。これは自動車メーカーにとってはなんとも怖い話だ。

一時は水平対向エンジンに入れ込んでいたシトロエンやアルファロメオも、これからはエンジン横置きのFFが主流と見るや、開発を中止した。エンジンとシャシー、下手をすればトランスミッションまで専用開発の必要性が生じる水平対向エンジンを、世の主流から外れていくと知りながら継続採用することは、いろいろな意味で無理なのだ。

その無理を通し続け、ついにブランドアイデンティティにまでしてしまったのがスバルということになる。なにしろ現在のスバルは水平対向エンジンしか作っていない。シャシーやトランスミッションまで専用開発が必要というなら、いっそメーカーまるごと水平対向エンジン専門になってしまえ! ということか。これは開発面では大変なイバラの道だが、ブランドの価値としては、「世界で唯一無二」というこれ以上ない称号を得られる。

実際、水平対向エンジンに特化してからのスバルは好調だ。かつてのスバルはレガシー頼みといったところがあって、当時のあるスバルディーラーの店長が、「レガシーを買いに来る客はレガシーを買うのであって、スバル車を買うのではない」と話していたのを筆者は聞いた覚えがある。しかし、いまのスバルは確実にブランドそのものの人気が上昇している。やはり独自性、オリジナリティというのは、自動車メーカーにとってこれ以上なく重要なのだ。

ハイブリッド車でも、スバルが強調するのは「燃費」より「加速」

そんなスバルに試練がやってきた。環境問題とガソリン価格高騰によって、大幅に燃費を向上させる必要が生じたのだ。これができなければ、せっかく築き上げたブランド価値も地に落ちてしまう。だが、これが難しい。

多くのメーカーはエンジンとトランスミッションの間に薄型モーターを挟むことでハイブリッドとし、燃費を向上させた。この手はエンジン横置きのFFでもエンジン縦置きのFRでも大きな問題はなく、「手軽」に使える。しかし、スバルがこの方法を採用すると、エンジンがモーターの厚み分だけ前方に移動し、フロントヘビーとなってしまう。世界で唯一、エンジン縦置きのFFを採用するがゆえの問題だ。この問題をどう解決するか?

「SUBARU XV HYBRID 2.0i」

新たに登場したスバルXVハイブリッドは、リニアトロニック(CVT)トランスミッション内、プライマリープーリーの後方にモーターを配置した。これにより、水平対向エンジン、左右対称のシンメトリー構造、4WDといったスバルの魅力をいっさい損なうことなく、ハイブリッド化に成功している。

このハイブリッドは技術的にすごいのかというと、正直、それほどでもないと思う。少なくとも、他メーカーの技術者が歯ぎしりして悔しがるような革新性があるわけではない。むしろ感心するのは、そのサジ加減だ。XVハイブリッドのJC08モード燃費は20km/リットル。スバルはSUVナンバーワンの燃費というが、インパクトに欠ける感は否めない。しかしそれは、「何が何でも燃費」とヒステリックに取り乱すことなく、スバルらしさをしっかり追求したうえで、その次に燃費という判断をした結果だろう。

スバルとしても、エコブーム、ハイブリッド人気という時流に乗らないわけにはいかなかった。乗らなければ無視できない数のユーザーにそっぽを向かれることになるかもしれない。しかし、エコに走ってもスバルらしさが少しでも失われたなら、せっかく築き上げたブランドイメージ、スバルだけの魅力に取り返しの付かない傷をつけることになりかねない。

だからこそスバルは、「時流に乗りつつ、しかし乗らない」という、絶妙な舵取りをしたのではないだろうか? ハイブリッド化によって燃費向上も果たしはしたが、たとえばスバルのウェブサイトを見てみると、ハイブリッドのメリットとして一番に強調されているのは燃費ではなく、パワフルな加速だ。エコの時流に乗ったようで、じつはスバルの魅力である走りに磨きをかけているのである。水平対向エンジンという異端を存続させるには、これくらいのしたたかさが必要なのだろう。