いまからちょうど10年ほど前、知り合いの若奥様が愛車を買い換えるというので、少しだけ相談に乗ったことがある。子育て真っ最中のその奥様が、ボロボロになるまで走らせた軽自動車の買替えモデルとして選んだのは、発表されたばかりのダイハツ タント。しかし当時の筆者は、「それはどうでしょう」などと言って、別のモデルをすすめてしまった。もう、一生の悔恨と言っていいくらい後悔している。

新型タントは2013年度のグッドデザイン大賞候補にも選ばれている

「超スペース系」軽自動車の代表格となったタント

なぜ別のモデルをすすめたか? 単純にタントの印象が良くなかったからだ。外観を初めて見たとき、アトレーを女性向けに仕立て直したイージーなモデルかと思ったほど。実際には、シート下にエンジンのあるワンボックスのアトレーと、FFレイアウトのタントはまったく別物なのだが、それがわかっていても、どうもこのモデルはピンとこなかった。

トールワゴンというならワゴンRやムーブがあるし、広さというならアトレーやエブリィワゴンがある。このタントというニューモデルにどんな意味があるのか? まあ、数の多いワゴンRやムーブに乗りたくない人のためのモデルなのだろうな……、などと高をくくっていたのだ。我ながら見る目のなさに呆れるしかない。

幸いにも、前述の奥様は筆者のアドバイスを無視し、タントを購入した。無視してくれて本当に良かったと思う。早速、実車を見せてもらったのだが、そのつくりの巧みさには驚いた。よく考えられたシートアレンジなどは感動ものだ。気持ちの良い開放感、豪華ではないが、かといって玩具っぽくもないプレーンな質感、軽自動車だからどうこうと言うのではない、よくできた工業製品の持つ心地良さを感じた。

とはいえ、それでも当時、タントがここまでエポックメーキングなモデルに成長するとは思わなかったし、他の誰だってこの時点ではそんなことは予想できなかっただろう。いまや軽自動車の主役は完全に、タントとそのライバルたち(N BOX、スペーシアなど)が構成する「超スペース系」と呼ばれるカテゴリーになっている。まさかこんなことになろうとは!

新型タントは「生活の道具として」完成度を高めたモデルに

なぜ、これほどまでに「超スペース系」がヒットしているのか? タントの魅力を見抜けなかった筆者ではあるが、改めて考えてみると、それは「軽自動車が初めて軽自動車であろうとした」からではないだろうか?

思えばいままで、軽自動車はつねに「軽自動車以上」になることをめざしてきた。あるときはターボだツインカムだと軽自動車離れした性能を競い合い、あるときはパワステだオートエアコンだと登録車並みの装備を満載し、またあるときはゴージャスな内装で軽自動車のレベルを超えようとした。軽自動車らしくないものほど評価され、「軽自動車らしからぬ」という言葉は、間違いなくほめ言葉だったのだ。

しかし、「超スペース系」のモデルたちを見ていると、無理やり背伸びをしている感じがしない。広さを追求しているのだが、それは軽自動車離れしようという自己否定ではなく、むしろ理想的な軽自動車を追求した結果であるように見える。理想の軽自動車とは、徹底的に無駄を廃した機能的な車だ。

軽自動車のユーザーはたいていの場合、特別にクルマが好きなわけではないし、クルマにステータスや高級感を求めているわけでもない。生活の道具として、便利で経済的なクルマが欲しいのだ。ただし、かっこよさは必要。前述の意見と矛盾するようだが、この場合のかっこよさとは、ステータスや高級感とは違う。ハンドバッグで言えば、高級ブランド品ではなく、収納力があってポケットが多く機能的で、「あれ、すごく便利そう。私も欲しい!」と"ママ友"に思わせるようなかっこよさだ。

新型タント カスタム(画像左)と新型タント(同右)

さて、この10月に登場したばかりの新型タント。ミラクルオープンドアのメリットを最大限に生かすため、助手席シートのスライド量を増やし、燃費も向上させるなど、実利主義に徹した改良を行っている。N BOXと軽自動車トップの座をかけた争いをしなければならないのに、いささか地味なフルモデルチェンジ、という気もするが、これが正解なのだろう。生活の道具として完成度を高めようとすれば、派手な機能追加ではなく、地道な改良がメインになるのは当然、ということのようだ。