12番札所で標高938mの山の8合目にある「焼山寺」までの山道は「遍路ころがし」と呼ばれ、へんろ道で1番の難所だと言われているのでかなりビビっていた私。5時半には起きて6時から朝ご飯を食べ、1刻も早く出発するべく準備した。

約13kmの山道は健脚で5時間、弱足なら8時間かかると言われている。私ならいったい何時間でいけるのだろう? 平坦な道でも疲れるのにアップダウンの激しい山道となるとどれだけ疲れるのだろうか見当もつかない。足には念入りに靴擦れ防止のムース状の皮膚保護クリームを足の指1本1本に塗り込み、厚めの靴下をはき、顔に日焼け止めも念入りに塗った。笠をかぶって玄関に行き、頼んでおいた昼食用のおにぎりを受け取り、6時40分に宿を出発。

昨日、疲れきっていたのでさっとしか参拝できなかった11番札所の藤井寺の境内を改めてぐるりと周った。藤井寺境内の奥から12番札所「焼山寺」に続くへんろ道が続いている。昔ながらのへんろ道が残っているのはここ11番札所と12番札所のみだそうで、確かに自然な感じで人1人通れるかどうかの狭い道だ。前方には昨日同じ宿に泊まったおじさんお遍路が3人歩き出していた。私も続いて歩き出す。

焼山寺みち

10分くらい進んだへんろ道沿いに藤井寺の奥之院があった。岩の前に小さなほこらがあるだけのこじんまりとした感じだ。上り坂を進むと眺望がいいところに出てきたのでしばし景色を眺める。しばらく行くとこんな山中なのに茶畑があった。端山休憩所というベンチが設置してあるところに7時40分に到着した。少し座って靴下を脱いで足の蒸れを乾かす。本に「1時間ごとに靴下を脱いで蒸れを防ぐと靴擦れになりにくい」と書いてあったからだ。そこから「長戸庵(ちょうどあん)」まで上り坂の遍路みちをひたすら黙々と1人で登る。

長戸庵

8時45分、やっと長戸庵に着いた。ちなみに、弘法大師が「1息つくのにちょうどいい」といったから長戸庵と名づけられた言われている。長戸庵の後は下り坂だ。せっかく上ったのにすぐ下るのかと思うとなんかもったいない気持ちがした。下っては上りというアップダウンの道を進むと「柳水庵(りゅうすいあん)」という弘法大師が柳の杖で岩を突いた所から水が湧き出したという伝説の場所に到着。水飲み場のそばに「フクロウ注意」の看板を発見。なんでもフクロウが人を襲うらしい。恐ろしい。

柳水庵

柳水庵の水

柳水庵のすぐ下の所に小さな遍路小屋があって、中をのぞくとたくさんのお札が貼られていた。多分ここで休憩した人がお礼に貼って行くのだろう。また上り道にさしかかり、だんだん疲れてくる。オフシーズンのせいか他の誰ともすれ違わない。道端の花などに癒されながら1人きりで進む。

善根宿

善根宿のお札

お遍路さんが迷わないよういたるところに「へんろみち」とかかれた標識がある。「元気を出して」「がんばってください」などの言葉などもたくさん書かれていて励まされる。1人で山道を歩いていると、不思議と誰かに見守られているような感覚がした。普通、誰かに見られていたら逆に怖いはずだが、暖かいまなざしで見つめられている感じだったのだ。後で他のお遍路さんにそのことを話したら、他のお遍路さんも同じように感じたという。本当に弘法大師に見守られていたのかもしれない。

しばらく進むと階段が見えて来た。上を見上げると大きな杉の木の前に弘法大師像が建っていた。まるで杉の枝が弘法大師の後光のように見える。以前に「焼山寺までの遍路みちでくじけそうなになったときに、目の前のこの弘法大師像を見て感動した」という話をお遍路経験者から聞いていたが、なるほど。階段の上で待ってくれているように立つ弘法大師像は感動ものだった。

1本杉

1本杉弘法大師

大きな杉は、徳島県の天然記念物に指定されているらしい。えっこらせと階段を上ると、おととい安楽寺で一緒になった他の女子メンバー3人がベンチに座っていた。私もいっしょに腰掛ける。まだ11時半でお腹はそんなにすいてなかったが、お昼ご飯のおにぎりを食べることにした。お互いに写真を撮り合ってしばらくくつろいで、出発。ここからまた下りだ。いつの間にか、他の人たちは先に行ってしまった。1人で歩いていくと、すごく急な下り坂があって足下が悪い。うっかりすると転んでしまいそうだ。まさにこれが「遍路ころがし! 」だった。杖に助けられ、なんとか転ばずにすんだ。

山と山に挟まれた谷には、10軒程度民家があった。こんなすごい場所に住んでいる人がいるんだと感心する。谷から山に登る入り口に「これからが1番苦しい。頑張ろう」と書かれた看板が立っていた。これからが1番苦しいのか、と気を引き締めながら、きつい登りの道をハアハア言い、休み休み進む。進めど進めど到着しない。「もうだめだ。歩けない! 」と思ったときに上の方でおばちゃんの笑い声が聞こえて来た。どうやら焼山寺に着いたようだ。笑い声の主であるおばちゃんお遍路さんたちは観光バスで上がって来たようで、駐車場のほうから団体でぞろぞろ歩いてくる。せっかく苦労して歩いて上って来たのにあっというまに車で上って来た人を見て、興ざめした。

駐車場と本堂は少し離れていて底からも少し坂道を上る。でも今までとはちがう整備された道だけれども。山門に着く。14時だ。7時頃に藤井寺を出発したから7時間もかかったことになる。

焼山寺山門

焼山寺本堂

少しベンチで休んでから本堂と大師堂でお参りする。なんでも寺伝によると、この山中の毒蛇が火を吐いて危害を加え、弘法大師が登山しようとした時も山が火の海であった。それで大師が川で身を浄めて、真言を唱えながら登ると火は消えた。しかし、九合目の岩窟から毒蛇が大師に飛びかかってきた。この時、虚空蔵菩薩が現れて、その毒蛇を岩窟に封じこめたそうだ。今も、その大蛇を閉じ込めたという「大蛇封じ込めの窟」が残っている。大師は虚空蔵菩薩を刻んで本尊とし、寺号を火の山にちなみ「焼ケ山ノ寺」に、火伏のため山号は「摩盧(まろ/水輪の意)山」とされたそうだ。

御朱印をもらいに行くと「歩きですか? 」とお坊さんに聞かれ、「はい、歩きです」と答えると、これから進む道の簡単な地図を渡してくれ、すごく丁寧に教えてくださった。ありがたい。私は記念に、日本手ぬぐいを買う。公衆電話から今日泊まる予定の旅館「かどや」に電話して予約する。山の中で日が暮れると怖いので、14時45分には焼山寺を出発して、宿を目指した。