前回はコベナンツについて解説いたしました。今回はシンジケートローンについて、大企業以外の実務にも触れている2冊の参考文献『デットIR入門』(2007年発行)と『ファイナンス業務エッセンシャルズ』(2016年発行)の内容を参照しつつ、情報を整理していきます。
シンジケートローンの概要は、『デットIR入門』に分かりやすく書かれています。
シンジケートローンとは、借入企業と複数の金融機関が、同一契約書に基づき、ローン等の取引を行うことをいう。一般的なシンジケートローン取引においては、借入企業、「アレンジャー」、「エージェント」、参加金融機関などが主な関係当事者である。アレンジャーは、借入企業から依頼(マンデート)を受けて、他の金融機関の参加を募る。招聘を受けた金融機関は独自の判断によって「シンジケート団」(以下、「シ団」という)への参加・不参加を決定する。アレンジャーは、借入企業および参加金融機関双方の意見を調整し、契約書をとりまとめる。合意に至った参加金融機関でシ団が構成され、契約を締結し、シ団から借入企業への資金(または融資枠等)供与が実施される。契約締結後はエージェントが参加金融機関の委託を受け、契約期間における借入企業との間の資金決済や通知連絡等の事務処理を行う。アレンジャーがエージェントを兼ねることが多い。
シンジケートローンの契約面での特徴についても『デットIR入門』に記載があります。
シンジケートローンは、貸出債権の転売が前提となっていることから、借り手企業の信用リスクを当初の貸し手銀行だけではなく投資家などを含めた金融市場全体でシェアできる仕組みである。さらに、多くの貸し手が納得できる金利により貸出が行われるため、市場機能がより働きやすい仕組みであり、金融サービスの効率化に資する面がある。シンジケートローンは、このような意味で「市場型間接金融」の中心的な手法の一つと位置付けられている。
シンジケートローンが貸出債権の転売が前提となっていることは、日本ローン債権市場協会(JSLA)の公開資料の中でも確認することができます。「タームローン契約書」「コミットメントライン契約書」「貸付債権譲渡に関する基本契約書」といったドキュメント類をご参照ください。
シンジケートローンのメリットは『デットIR入門』の中で当事者毎にまとめられているので抜粋します。
【1】借入企業のメリット
企業と銀行との一対一の取引である相対融資に比べ、シンジケートローンでは、資金を複数の金融機関から一括して調達することにより、メインバンクのみに過度に依存することなく多額の資金調達を行うことが可能になる。調達する金融機関を拡大すると、これらの金融機関との交渉や取引管理のためのコストが増大することが懸念されるが、シンジケートローンでは参加金融機関の招聘や交渉条件をアレンジャーに一任できるため、金融機関取引にかかる事務を効率化することができる。また、契約期間中においても、事務窓口はエージェントのみとなるため、元利払い等の事務負担の軽減にもつながる。【2】参加金融機関(投資家)のメリット
地域金融機関においては、地方経済の低迷により地元企業への貸出機会が減少した時期に、シンジケートローンへの参加が新たな貸出機会として注目された。新規貸出先の発掘以外にも、リレーションシップの構築・維持にかかるコストを抑えた貸金運営、融資ポートフォリオの調整やリスクの分散、コベナンツを利用した信用リスク管理もシンジケートローンの効用として挙げられる。【3】アレンジャーのメリット
アレンジャー業務に参入する理由として、顧客企業へのソリューション提供力の強化とその結果としての手数料収入獲得、戦略的なポートフォリオ・マネジメントなどが挙げられる。
一方で、シンジケートローンのデメリットについて指摘している書籍が『ファイナンス業務エッセンシャルズ』です。「アレンジャー兼エージェントに支払うアレンジメント・フィー及びエージェント・フィーなどを踏まえたオールインコストで見た場合、相対借入よりコスト高になるケースもある」「シンジケート・ローン契約特有のコベナンツの内容次第では、経営の意思決定に一定の制限が課せられるなど、企業にとってはメリットの多い取引にならないケースも散見される」「本来シンジケート・ローンには馴染まない中小企業にまでその裾野が広がってきたことにより、コベナンツへの抵触が多発するなど問題も多い」と述べています。
借入企業の視点で概ねコストが下がるという立場の『デットIR入門』と、コストが上がるという立場の『ファイナンス業務エッセンシャルズ』との間に、意見の差異が生じています。原因を読み解く鍵はシンジケートローンの金額にあると考えられます。前者を執筆した研究会のメンバーは大企業出身で、後者の著者は中堅企業向けの財務コンサルティングに携わっていました。シンジケートローンを組成するとき、規模に関係なく必要となる一種の固定費用があり、シンジケートローンの金額が小さいときに割高感が出ると推察します。
2024年10月31日に発表された全国銀行協会の統計「貸出債権市場取引動向」によると、2024年第三四半期(7月-9月)に組成されたシンジケートローンの件数と合計金額は、タームローンが465件・5兆3,581億円(平均115.2億円)、コミットメントラインが301件・3兆8,740億円(平均128.7億円)という規模感です。取引金額の観点でシンジケートローンは大企業向けの資金調達手段だと一般的に解されます。
スタートアップ界隈でもシンジケートローンに対する注目度が上がっていますが、1金融機関でも賄える可能性がある金額帯の資金調達にシンジケートローンを利用することの是非は、慎重に判断しなければなりません。特に、1桁億円台のシンジケートローンがもたらすメリットは、リスク分散効果を享受できる貸し手の金融機関側に大きく偏り、複数の金融機関に取引条件を競わせることで得られたかもしれない利益を放棄したとも言える借り手企業側には、僅かにしか残らないと想像されます。借り手企業側の事務負担の軽減が謳われますが、元本返済や金利支払は口座振替で自動的に処理され、会計ソフトの進化によって経理の仕訳入力負担が極小化された現代では、融資実行後の事務コストが無視して差し支えないレベルにまで低減したといえるでしょう。
借り手企業側に残存しているコストはコミュニケーションそのものに要する費用になりますが、複数の金融機関が同一契約書に基づいて行動することがもたらす副次的な効果への注意が必要です。金融機関が共同歩調をとるということですから、心理面では貸し手側の横並び意識を助長します。借り手企業の経営状況が悪化した際、全取引金融機関が手を引き誰も火中の栗を拾わない事態も充分に予想されます。また、アレンジャー・エージェントが介在するため、参加金融機関に口座開設していない状態でも取引が実行される側面があります。借り手企業側が能動的に活動しない限り、新規取引を開始した参加金融機関と直接的なコミュニケーションルートが開かれません。シンジケートローン実行後に追加で申し込む融資契約の諸条件について、金融機関間で競わせることが難しくなる点にも留意する必要があります。
シンジケートローンの紹介は以上です。次回は当座貸越について説明いたします。
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