デットファイナンスに関する短期集中連載も8年目に入りました。2023年の資金調達環境に関する統計情報が出揃いましたので、執筆を再開いたします。5年前から継続して取り上げているテーマですが、今回も創業ファイナンスに焦点を当てて解説します。【1】新設法人数の推移、【2】ベンチャーキャピタルの投資状況、【3】創業融資の実績の順に、数字を追っていきます。
【1】新設法人数の推移
新しく設立された法人の数の推移については、東京商工リサーチが毎年発表している「全国新設法人動向」調査にて確認することができます。直近5年の新設法人数を抜き書きすると下記の通りとなります。「株式会社比率」は筆者が計算しました。
2023年の新設法人数は再び増加傾向へと転じました。新設の株式会社数についても同様のことが言えます。新設法人数に占める株式会社の割合は約2/3と、例年通りの水準です。生産年齢人口が減っている環境下で新規設立された法人の数が増えている背景として、政府のスタートアップ支援政策が機能したと考えたいですが、インボイス制度の導入により個人事業主のいわゆる法人成りが増加したと分析している記事(2024/6/27公表の東京商工リサーチ「TSRデータインサイト」)もあるため、起業家が増えたか否かについては判断が難しいです。子会社設立が増加した場合においても新設法人数が伸びるので、数値を解釈する際に注意しなければなりません。
【2】ベンチャーキャピタルの投資状況
ベンチャーキャピタルの投資件数・投資金額を集計して発表している法人はいくつかあるのですが、本稿では例年通り2つ紹介いたします。
一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター(VEC)が毎年発表している「ベンチャーキャピタル等投資動向速報」は、日本に法人格があるベンチャーキャピタル等に対してアンケート調査をして集計されています。VECは1983年(昭和58年)からベンチャービジネスの動向を調査している機関で、過去に発行していた『VEC年報』の時代を含めればスタートアップのトレンドを10年単位で追うことができるので、筆者は公表資料を毎年確認しています。直近5年のベンチャー企業への国内件数投資と国内投資金額を拾うと下記の通りとなります。「投資金額/件」は筆者が計算しております。
中期的なトレンドとしてコロナ禍で投資を手控える動きがあったものの、件数の観点では基本的に増加基調で2022年にピークを迎え、2023年は減少しましたがコロナ禍前と同じ水準を維持しています。投資金額の観点では、合計金額も1件当たり金額も2021年がピークでした。2023年は投資家の消極姿勢が鮮明になったと言えそうですが、前年と比較して投資金額の減少幅が小さくなっているので、2023年もしくは2024年に相場が底を打つことを期待しています。
スピーダ(旧INITIAL)が公表している「Japan Startup Finance - スタートアップ資金調達動向」(2024年9月時点では2024年上半期版の資料が最新です)は、新聞や雑誌で引用されることが多いレポートです。調査にコストをかけており、過去に遡及してデータを訂正しているところが特徴です。最新の資料においても、5年前の調達社数が100件単位で更新・追加されています。直近の動向に関する厳密な議論をするための根拠として用いることはまだまだ難しいですが、目安として活用する限りは申し分ないです。直近5年の調達社数と資金調達額を列挙すると下記の通りとなります。「投資金額/件」は筆者が計算しております。
社数の観点では、コロナ禍の影響で一度伸びが鈍化したものの2022年まで増加を続け、2023年に減少しましたが依然としてコロナ禍前と同水準です。金額の観点においても1件当たりの投資金額の観点においても、2022年が最高到達点で2023年は減っていますが、まだコロナ禍前よりも高い水準を維持しています。調達環境が大きく崩れたとは言えないです。但し、今後の調査で2023年の数字が積み上がり「投資が減っていなかった」ことが判明する可能性が残っているので、2022年が相場の転換点だったか否かの判断は保留せざるを得ません。
VECの統計値とスピーダの統計値をグラフの形状を用いて比較したとき、トレンドは概ね一致するものの、2020年に投資件数が増えたのか減ったのかについて判断することが難しいです。言い換えれば、コロナ禍の影響の強弱がまだ判定できないということです。投資金額のピークが2021年だったのか2022年だったのかについても、考える材料が不足しています。来年以降に発表される数字を待ちながら、ゆっくり検討していきたいです。
ステージを問わずスタートアップ全体の資金調達状況を集計した結果は上述の通りなのですが、創業間もない企業のエクイティファイナンスについてもスピーダのレポートに記載があるので、抜粋して表にしました。「調達額平均値」は筆者が計算した数値です。
スタートアップ全体の動きとは異なり、設立後1年未満の国内スタートアップに対する出資の件数は2022年まで1,600件台~1,700件台の水準を維持して安定していましたが、2023年に大きく減りました。調達額も2023年に大きく減少しており、平均値と中央値の比較からは一部の企業が大型調達をした影響が窺えます。調達額の中央値は減少傾向にあり2023年は約500万円という状況で、創業間もない企業のエクイティファイナンス環境は非常に厳しくなったと言えそうです。
【3】創業融資の実績
創業時のデットファイナンスに関する統計も2種類紹介します。
政府系金融機関である株式会社日本政策金融公庫が毎年発行しているパンフレット「日本政策金融公庫のご案内」の中で、創業前及び創業後1年以内の企業に対する融資実績が紹介されています。「金額/先数(百万円)」は筆者が計算しました。
コロナ禍後の融資先数の減少傾向に歯止めがかかり直近は増加したものの、まだコロナ禍前の水準(2018年の27,979先)に戻っていません。先数あたりの融資金額も年々減少しており、ついに500万円を下回りました。3年連続で、後述する民間金融機関の創業融資の金額よりも低い状況です。
民間金融機関が信用保証協会を利用して実行した創業融資の件数と金額は、中小企業庁のWebサイトに掲載されています。「保証実績の公表(信用保証協会別の金融機関別、信用保証協会別、金融機関別)」のページに2018年以降の統計がまとめられていますが、ここでは「信用保証協会別の保証実績」を参照します。オリジナルの資料では保証承諾金額が百万円の単位で集計されていますが、他の情報と比較し易くするために1億円未満を切り捨てております。「金額/件数(百万円)」は筆者が計算しました。
創業融資の保証承諾件数も保証承諾金額も、2023年は過去最高の水準でした。件数あたりの承諾金額も増加に転じています。最近はスタートアップの資金調達環境が悪化しているという主旨の報道が多いですが、民間金融機関による創業融資に限れば積極的に資金が提供されており、かつ、エクイティファイナンスと同水準の金額が供給されています。
昨年までは、起業コストの低下の影響を受けて創業融資の金額が減少しているという仮説を唱えていました。信用保証協会を利用した民間金融機関の創業融資の金額が増えていることと、2021年後半から物価高に転じたことから、日本政策金融公庫の創業融資の金額が減っている原因を起業コスト低下に求めることは、説得力が弱くなったと考えています。2024年時点の意見として、金額が大きかった時代の融資の返済状況や貸倒率を織り込んだ結果、日本政策金融公庫は創業融資の金額を減らす方向へと与信が厳しくなったと推論しています。
2023年の記事でも検討した、2020年に日本政策金融公庫の創業融資の先数が突出して大きかった理由についても、あらためて考えます。乱暴に推計しますが、日本政策金融公庫は例年26,000先へ創業融資を実行するポテンシャルがあると仮定した場合、2020年の上乗せ幅は約14,000先となります。民間金融機関の創業融資が2019年も2021年も約27,000件で2020年は約20,000件だったことから、2020年は前後の年と比較して約7,000件少ないです。上乗せ幅14,000先のうち7,000先は、普段であれば民間金融機関へ創業融資を申し込んでいた層が日本政策金融公庫へと申し込んだと見做すことができそうです。残りの7,000先は、コロナ禍の資金繰り支援策を呼び水として発生した特需が由来となっていて、金融緩和を契機として起業の時期を前倒しした層も含まれているとイメージしています。
最後に、創業時の資金調達の難易度を類推するため、新設法人のうち出資を受けた企業の比率と融資を受けた企業の比率を試算してみます。
創業後1年の間に出資を受けられる株式会社の比率は年々低下しており、起業直後のエクイティファイナンスの間口が狭まっています。100社に1社という状況です。「投資に値する起業家が減った」という意見がありますが、数字の裏付けを見て取れます。日本政策金融公庫の創業融資を受けた法人の比率も減少傾向です。コロナ禍を経て5社に1社から6社に1社という状況に変わりました。先数は増加しているので、法人設立数の増加が比率の低下に大きく寄与しています。民間金融機関の創業融資を受けた企業の比率は年々上昇しており4社に1社の状況に近付いてきたと言えるでしょう。
2023年の創業ファイナンスに関する考察は以上です。次回は私募社債の最新状況について紹介いたします。
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