介護保険法改正のキーワードは「介護予防」

2006年4月に介護保険法が改正され、1年が経過しました。同法の重要ポイントはいくつかありますが、その中でも特に気になるキーワードがあります。それは「介護予防」という用語です。今まで日本は、「病気をしないで長生きする」ことを大きな目標にしてきました。しかし、これからは長生きをするだけでなく、「足腰が達者で、できれば介護を受けなくてすむ状態で」という意識が新たに加わったのです。これは「介護予防」を考える上で非常に重要なことです。

式 恵美子(しき えみこ) 兵庫大学健康科学部看護学科准教授 専門は高齢者看護学 在宅看護学 杏林大学、国際医療福祉大学、創造学園大学を経て現職。研究テーマは介護予防。 資格:看護師、社会福祉士、介護支援専門員、認知症ケア専門士、NPO日本介護予防協会理事

介護予防は「自分のため」

ここで、介護予防の意味を改めて考えてみましょう。「介護予防」には2つの意味があります。まず第一は、「介護を受けるような状態にならないために、自助努力をする」という意味です。人は誰でも、「弱りたくないなぁ」、「元気で活動していたなぁ」と願っています。なぜなら、歩いたりトイレに行くことは、他の人が代行できないことだからです。もちろん、誰かが代わって食べてあげることもできませんよね。さらには山歩きや旅行、ガーデニングなどの趣味も自分一人ではできなくなってしまいます。つまり、多くの楽しみを失ってしまうのです。ですから、代理・代行では楽しくない、意味がないと思う人は、足腰が弱らないように、なるべくエレベーターを使わないとかウォーキングをする必要があります。

さて皆様、「自助努力」という言葉をどう受け取りましたか? 「自助努力」。結構"きつい"言葉だと思います。この言葉には「代行なし、自分で実行するほかはない」という意味が強調されています。皆様は高齢期をどのように過ごしたいですか。高齢期こそ「自分らしくありたい」「自分のもっている能力を発揮し、やりたいことをやりながら豊かに過ごしたい」と願っているのではないでしょうか。つまり、なるべく介護の世話ならないためには、自分で努力するしかないのです。

介護予防は働きかけ

第二の意味について考える前に、用語としての「介護予防」を考えてみましょう。介護とはそもそも、業務を指す言葉です。このほか業務に関する用語としては、医療や看護という言葉があります。しかし、医療予防・看護予防という言葉は聞いたことありませんよね。通常は疾病予防や病気予防という風に使います。一方の介護予防は、使い慣らされているうちに、業務であることが世間の意識から抜け落ちてしまった用語であると言えます。

つまり、業務としての介護予防は「保健・医療・福祉の立場からの働きかけを指す用語」であり、これが第二の意味となります。たとえば、「行政側が組織的に環境を整えるたり、介護予防体制をつくる」ことがそれに当たります。もちろん、専門職の人が働きかけることもこの意味の中に含まれます。

超高齢社会がやってくる、年々歳々、みんな、弱っていくの?

団塊の世代といわれる方々が高齢者となる2025年には総人口の28.7%、つまり4人に1人以上が高齢者となります。介護保険財政も2000年には、3.6兆円であったものが、2006年には7.1兆円、2025年には20兆円に達するという厚生労働省の試算があります。このままでは、介護保険が破綻をきたす恐れがでてきたのです。

また、介護の必要度合いを示す「要介護度」の認定者は年々増加しています。表とグラフを見てみると増加が特に顕著なのは、軽度の要介護者であることがお分かりでしょう。要介護状態まではいかない要支援者が132%、要介護度1が142%も増加しています。他の介護度と比較しても特に目立ちます。これは、元気であった高齢者が年を経るごとに少しずつ、介護度が悪化するという状況を示しています。今まで介護認定において非該当(介護が必要ではない自立した状態)と認定された人が毎年、要介護状態になっていることを意味しています。このため、自立の高齢者や軽度の要介護者に対しても何らかの対策が必要となり緊急の課題となったのです。

要介護度別認定者数の推移(単位:千人) 国民衛生の動向2006年版より

介護予防の正しい知識を身につけよう

前述の第二の意味からすれば、国は高齢者が介護を受ける状態にならないように、介護保険法を改正して、専門職を充当し、多大な事業予算を投入します。つまり、介護が必要な要介護状態になってから多くの介護予算を使って介護保険の破綻を招くよりも、介護を防ぐ「介護予防」に力を入れるであろうということが容易に予想されるのです。介護予防にはこういう"裏事情"があります。つまり、国を上げて体制的に「介護予防」に取り組む必要が生じてきたのです。

これから私たちが「介護予防」を心がけ、「介護予防」の正しい知識を身につけることは、老後を豊かに生きるという主観的な側面と、高齢化という社会全体の問題に対して国民としてどう向き合うかという客観的な側面を持ち合わせています。21世紀の日本は、元気で活力ある社会を築いていくことが求められています。そこで、この連載では介護予防の正しい知識を学んでもらえるような情報提供を行っていきたいと考えています。