マツダのデザインテーマ「魂動 - Soul of Motion」に共感し、創作されたという玉川(ぎょくせん)堂の鎚起銅器「魂銅器」。前回も紹介した通り、銅の塊を板状に打ち延ばすところから始めるという、かつて銅の板材がなかった時代の技法が用いられた。その過程はマツダが制作するクレイモデルと共通するものがあるという。

「魂動」デザインが採用された新世代マツダ車たち

「ものづくりの原点。そんな気がしますね。我々のクレイモデルもまた、そういうことを一生懸命頑張っています。いまどき、デジタルデータを使って切削して作れるところを、わざわざ粘土を盛って人の手で造形しているんです」と、マツダデザイン本部アドバンスデザインスタジオ部長の中牟田泰氏も共感の思いを話していた。

デザイナーよりも早く、モデラーがデザインを提案

クレイモデルを担当するマツダデザイン本部デザインモデリングスタジオ部長、呉羽博史氏は、その仕事を「デザインの世界観を形で表現すること」と説明する。

新型「ロードスター」のクレイモデル

クレイモデラーによる「魂動」のデザインテーマオブジェ

マツダのデザインモデリングスタジオ部長、呉羽博史氏

自動車のデザインといえば、デザイナーがスケッチを描き、それをモデラーがクレイモデル化して、設計図面に落としていくのが一般的。しかしマツダの場合、スケッチがないパターンも多く、たとえば「凛」といったデザイン上のキーワードや音などをモデルで表現することが第1段階になるそうだ。デザイナーよりも早く、デザイン本部全体に「次の世界観」を提案するため、デザインテーマオブジェのクリエイションを行うこともあるという。

「モデラー」という職業をはるかに超えた「アーティスト」。それがマツダのクレイモデラーであり、業界でも珍しい位置づけや独自のデザインプロセスなどによって、マツダのクルマをアートたらしめているというわけだ。

人の手による造形が無機質なものに命を与える

今回開催された新潟県燕市へのツアーでは、玉川堂での鎚起銅器の制作だけでなく、マツダのクレイモデラーによる実演も見学することができた。

マツダのクレイモデラーによる実演を見学。粘土を盛る加藤賢二氏(写真左)と、表面を整える西村貴文氏(同右)

デザインモデリングスタジオのクレイモデルグループを統括するマネージャーの加藤賢二氏、チーフ・モデラーの西村貴文氏が、自分で使いやすいように加工したというさまざまな道具を使い、「魂動」デザインのスターターとなったコンセプトモデル「靭(SHINARI)」のデザインオブジェを形作っていく。2人の動作から生まれるのは、デジタルデータという言葉から連想するイメージとは正反対の、やわらかな線と面。これが、無機質なものに命を与える「魂動」デザインならではの表現になるという。

加藤氏・西村氏による実演の様子は、同じく市販品ではない特注の道具を何種類も使い、あたたかみのある形を作り出す玉川堂の職人の仕事とも重なって見えた。

実際の素材を用いるハードモデルの世界

マツダのデザインモデリングスタジオには、クレイモデルグループの他にデジタルデザイングループとハードモデルグループもあるとのこと。今回のツアーでは、同スタジオのハードモデルグループの仕事が紹介された。実際にクルマに使われる素材からエクステリア・インテリアの実寸モデルを作ったり、アートワークによってデザイナーへさまざまな提案を行ったりするグループだ。

新型「ロードスター」に採用されたステッチの意匠も、ハードモデラーの提案から生まれたという。同車のドア内貼りに外板色が一部使われており、そのイメージの元になったハードモデルも見ることができた。異なる素材のコンビネーションがデザイナーの意図したものになっているかどうか、モデル化して検証したそうだ。

ハードモデラーがデザイナーに提案したさまざまなステッチ

新型「ロードスター」のドア内側のイメージのもととなったハードモデル

ハードモデルグループのスペシャリストである川野穣氏は、新型「ロードスター」や「魂銅器」とともに「ミラノデザインウィーク」に出展した自転車「Bike by KODO concept」の制作を担当。銅板1枚から形を作る玉川堂の伝統工芸にインスパイアされ、「鉄板1枚から叩き出してフレームを作りました」(川野氏)というトラックレーサーだ。

デザインモデリングスタジオの中でも、クレイモデルグループは単なる「デザインを3D化する部署」から脱却していたわけだが、他のグループもまた、クリエイティブな活動にシフトしている最中だという。川野氏が手がけた自転車もその一環とされている。

「Bike by KODO concept」

ハードモデラーの川野穣氏

こうした活動を通して、マツダのデザインモデリングスタジオがめざすものは何か? 同スタジオ部長の呉羽氏は、「日本を代表して、世界中から尊敬されるデザイン言語を作りたいと真剣に思っている」と語った。