"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、ビジネスパーソンの心の落ち着きと人間力、直観力を高めるためのビジネス茶道の第一人者である水上繭子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。

第12回は、高級靴専門店「KING OF SHOES」を運営する、ユニオントレーディング代表取締役 岩本雄一さんにお話を伺った。ファッションにこだわりを持つ岩本さんが会社を設立するに至った経緯、そして高級靴にかける思いとは。

  • ユニオントレーディングの 岩本雄一さん(左)と、聞き手の水上繭子(右)

ユニオントレーディング設立の経緯

34歳でユニオントレーディングを立ち上げ、⾼級靴専⾨店「KING OF SHOES」を運営している岩本さん。だが独立する前はむしろ中小企業を支援する側だったという。

親の考えるレールに乗って公務員を目指すものの公務員にはなれず、商工会議所に就職することになった岩本さん。大学は経営学部だったため、自分の力を活かしたいと飛び込み営業などを行ってきたが、どこかのんびりとした空気のあった商⼯会議所に温度差を感じる日々を送っていた。

岩本さんは副業などを行いつつ、徐々に自身で会社を興すことを考え始める。そんなとき、もともと興味のあったファッションにおいて、海外から輸入する製品の価格に大きな内外差があることに着目。その要因は商社が間でマージンを取っていることにある。そこで、自分がその立場になれば儲かるのではないかと考えたそうだ。

岩本さんは、10代のころからファッションが大好きで、最初の初任給で20万くらいのクロームハーツのベルトをローンで購入し、それからもファッションを追いかけるような人生だったという。バブル期を経験している水上は、ブランド品を所有することへの憧れはよく理解できる。しかし岩本さんはそれよりも後の世代だ。岩本さんがファッションにこだわりを持つようになった理由はなんだろうか。

「大きくはふたつありますね。ひとつは女の子にモテたいからで、これはファッションを好きになるきっかけでした。車は常に乗ることはできませんが、ファッションは常に身に着けておけるので、見た目で自分を表現することができます」

「もうひとつは、日本のスーツスタイルには独自の文化があり、しっかり進化していない部分が十二分にあるなと感じたことです。最近は減りましたが、肩パッドがあっていないとか、大は小を兼ねるだとか、そういったスーツの着方があったので、⾃分に合うサイズ感とデザインのアクセントをプラスするだけで周りと差別化できると気づいたんです。商工会議所はあまり派手な業界ではないので、凝れば凝るほどそのぶん目立つことができました」

  • ファッションに対する思い入れを語る岩本さん

手入れから感じる靴と茶器の共通点

こうして岩本さんは、スーツスタイルに関するうんちくをどんどん調べていくようになり、深みにはまっていった。文化としていまに残ってきているものにはそれなりの意味がある。茶道には、日本をはじめとしたさまざまな国々の歴史の中にあり、陶器ひとつ、着物ひとつにも各国の文化の繋がりがある。洋装もまた、突き詰めていくと欧州の貴族文化や騎士道、ジェントルマン精神とつながってくるような美意識があるのだろう。その中でも、とりわけ紳士靴にこだわる理由について、岩本さんは次のように語る。

「紳士靴は、スーツ以上にみんなが力を入れてないと感じました。しかし、洋装の専門家の多くは、"一番お金をかけるべきは靴"だと言っているのです。その理由を考えたとき、実は高級靴のほうがコストパフォーマンスが良いと気づきました。しっかりとケアをしてあげることで、何十年も履き続けることもできるからです。ユニオントレーディングでは洋服や一点物のバッグを取り扱うこともありますが、最近はドレスシューズをラインアップの中心としています」

  • 当日のお姿もスーツスタイルにドレスシューズ

この考えが形になったのが、高級靴専門店「KING OF SHOES」だ。なかでも岩本さんがメインで扱うのは「JOHN LOBB」や「EDWARD GREEN」といったイギリスの紳士靴。イタリアやドイツの靴も取り扱うが、イギリスはオーダーメイドから派⽣した伝統的なブランドが多く、昔からの職⼈による高い技術力で作られたイギリス靴を岩本さんは⾼く評価する。

そのなかでも岩本さんがもっとも好きだと語るのが、「JOHN LOBB」プレステージラインのパンチドキャップトゥ「フィリップ2(PHILIPⅡ)」だ。岩本さんはその履き心地を「革靴は足が痛くなるものというイメージがあったが、それが一切ない。雲の上を歩いているようで、履き続けるごとにコルクが沈んで足にフィットしていく。オーダーのような感覚」と評する。

「高級靴の良さを伝える一番の方法は、もちろん実際に履いていただくことだと思います。10万円を超えるような靴は、1万円の靴とは革の質感も素材も縫製もまったく異なります。その真価は、長く履き続けることでわかる点でもあります。私は、1つのものを大事に使い続けるという文化を伝えたいと思っています。最近は靴磨きが流行していて、銀座三越でも選手権が開催されています。定期的にケアを行って履き続けることで、靴はよりその人に寄り添う形に変化していきます。シューケアをライフスタイルを整えるきっかけにしてほしいと私は思います」

茶器の手入れをする時間は、心を整える時間になると水上は考える。これは靴の手入れでも同じなのだろう。無心で自分の持っている大事なものをケアすることで、それを購入したとき、もらったときのことが思い浮かぶ。そして、他人にも同じように大事なものがあり、人の大事なものも大事にできるきっかけにもなるのではないだろうか。

  • お茶と高級靴の共通点にも触れていただいた

フォーマルとカジュアルの振り幅こそ人の魅力

クールビズ、ウォームビズが進み、ビジネスシーンはどんどんカジュアル化が進んでいる。その影響は足下にも及んでおり、会社でスニーカーを履いているという方も多い。革靴を取り扱う岩本さんはこの状況をどのように捉えているのだろうか。

「その点は業界でも大きな課題になっており、昨今は革靴寄りのスニーカーも増えています。ただ、そういった靴もちゃんとケアをする必要があることに変わりはありません。若い方はまずそのような製品から革靴の世界に入り、革靴の魅力を知ってもらうのが良いのかもしれませんね。逆に年配の方はいきなり会社でスニーカーを履くのは抵抗があるでしょうから、革靴寄りのスニーカーを併用してみるのも良いでしょう」

フォーマルなシーンがゼロにはなることはないが、革靴を日常的に履く人は減っている。そのような中で、革靴にはどのような役割、そして魅力があるのだろうか。岩本さんは次のように語る。

「男性のフォーマルスタイルは、多くの人を魅了します。ファッションには、フォーマルとカジュアルの2軸があります。この振り幅をしっかり持ち、オンとオフの表情を使い分けられることが、人としての魅力に繋がると私は思います。そして、フォーマルを演出するのに欠かせないのが革靴です。靴の取り扱いを知ることで、マナーをも知ることができます。しっかりと手入れされた革靴は、その人の教養や人となりを表すのです。自分を表現するための"一足"をぜひ所有してほしいと思います」