3月初旬、大阪にいる77歳の母が自転車で転んで大腿骨を骨折しました。手術とリハビリで入院は7週間に及びましたが、先日、ようやく退院した母から電話がありました。以下、母と私の会話、そして私の心の声(括弧内)です。

母:「お医者さんから『骨が丈夫ですね!』って言われてん」
私:「退院できて良かったなぁ。これからは気ぃつけてや」(いやいや、骨が丈夫やったら、骨折なんかしてへんって)
母:「リハビリも順調やから、もう杖も突かんでええって」
私:「先生の言うこと、よぉ聞いて、リハビリ続けるんやでぇ」(『転ばぬ先の杖』って知らんの?また転んだら車イス生活やで)
母:「リハビリ頑張るわ!コーラスに自転車で通いたいしな」
私:「・・・」(えっ、自転車に乗るつもりなん?)

もちろん、ホッとしました。でも懲りずに「自転車に乗る」と聞いた時は絶句しました。私は母が自転車でまた転びやしないかと自分事のように心配しているのに、母は骨折したことをまるで他人事のように考えているのです。いや、ちょっと待ってください。よくよく考えると、どちらも私の一方的な言い分です。母は周りに迷惑をかけないように(リハビリを頑張り)、自分のやりたいこと(コーラス)をやりたい、と言っているだけですから。

自分のやりたいことは、大げさに言えば人生の目標。目標があるからこそ、頑張れるのです。先日、ある情報誌※でプロスキーヤー三浦雄一郎さんの記事を読みました。三浦さんは75歳で2回目のエベレスト登頂に成功した後、骨盤を5ヶ所も折る大ケガをしました。医者から「70歳代の骨盤骨折は3割が寝たきりで、治っても車イス生活でしょう」と告げられます。普通なら絶望するところですが、三浦さんは「もう一度エベレストに登る」と強く決意。この目標を周りにも公言し、猛烈なリハビリを開始します。紆余曲折を経て、80歳の世界最高齢でエベレストの頂上へ。その瞬間、周りへの感謝とともに「これは究極の老人介護登山かもしれない(笑)」との思いが込み上げてきたそうです。

三浦さんのスケールの大きな目標を前にすると、私の母のコーラスは可愛いものですね。もちろん、人生の目標は人それぞれ、優劣なんてありません。でも、三浦さんの老人介護登山を支えた周りの方々の苦労に比べると、私がこれから遭遇するかもしれない母の介護への心配はちっぽけなものでしょう。4年前、義父が大腿骨を骨折し、認知症を発症しました。今でも義父の介護を続けているので、同じケガをした母を義父と重ねすぎていたのかもしれません。人生の目標は人それぞれ、介護も人それぞれ。当たり前のことですが、そんな風に考えると心持ちが少し軽くなりました。

母との電話を終え、妻に母の近況を話しました。妻曰く「骨が丈夫とか、杖はいらないとか、うちの爺様(義父のこと)も同じことを言ってたよ(笑)」。私は「えっ、そこは笑うところじゃないんですけど。。。(呆然)」。人それぞれを祈るばかりです。。。

出所:山田清機「“面白い”からこそ夢を持つ!」『Sanpo』 新春号 Vol.1, 2020.1, p.10-15(『Sanpo』は大和証券商品情報部が制作しているファンドラップ情報誌です)