日産自動車は新型車「ノート オーラ」を「プレミアムコンパクト」として打ち出していますが、こうした「小さな高級車」の元祖といえるのは、どこで作られた何というクルマなのでしょうか? モータージャーナリストの内田俊一さんに聞きました。

  • バンデンプラプリンセス

    このクルマが「小さな高級車」の元祖?(写真:内田俊一)

小さなロールスロイスと呼ばれたクルマ

日産自動車がコンパクトカー「ノート」の上級車として「ノート オーラ」を発売した。簡単にいってしまうと、ノートをベースとし、遮音ガラスを採用して静粛性を向上させたり、インパネ周りに木目“調”パネルやツイード“調”素材を貼って上質感を出したりしたクルマである。日産いわく「プレミアムコンパクト」、いいかえるなら「小さな高級車」という位置づけなのだ。

  • 日産の「ノート オーラ」

    日産の「ノート オーラ」

「小さな高級車」と呼ぶべきクルマは、実は以前から脈々と存在する。そもそも日産は、先代ノートに「メダリスト」というグレードを用意していたし、さかのぼれば「ローレルスピリット」という日産車もあった。当時の「サニー」をベースに上級車の「ローレル」を意識したデザインを施したクルマで、これも小さな高級車を目指したといっていいだろう。

世界に目を向けると、近年では2009年にデビューした「DS3」とシトロエン「C3」の関係が興味深かった。全く同じプラットフォームを使いながら、C3はベーシックカー、DS3はまさにパリの高級車という演出を見事に成し遂げていたのだ。

  • 「DS3」

    「C3」と同じプラットフォームを使いながらパリの高級車という演出を成し遂げた「DS3」

「小さな高級車」の歴史をたどっていくと、1960年代中期にイギリスで登場した「バンデンプラプリンセス」に行きつく。当時のブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)が生み出した1台だ。

  • バンデンプラプリンセス

    「バンデンプラプリンセス」のカタログ画像(カタログ協力:田近弘様)

BMCは「ADO16」という開発コードのもと、同社が所有していた各ブランド(オースチン、モーリス、MG、ライレー、ウーズレー、そしてバンデンプラ)それぞれにあった性格づけを施し、このクルマを販売していた。例えばオースチンやモーリスでは「ベーシック」として、そして、バンデンプラでは「高級車」としてキャラクターを作り分けていたのである。いわゆる「バッチエンジニアリング」という手法で、ベースは一緒ながらエンブレムだけ付け替えた、といった意味合いだ。

このADO16に限っていえば、それぞれの性格が明確だったので、バッチエンジニアリングは成功したといえるだろう。特にバンデンプラプリンセスに至っては、「小さなロールスロイス」とまでいわれるほどだった。そう呼ばれたのも当然だ。当時の高級車と同じ材質を使用し、同じ仕上げを施したレザーやウッドパネルを使い、後席には立派なピクニックテーブルまで備えたクルマだったからである。

  • バンデンプラプリンセス
  • バンデンプラプリンセス
  • 「バンデンプラプリンセス」の車内。後席にはピクニックテーブルを備える(写真:松村敬太様)

バンデンプラという会社はもともと、ベルギーにあったコーチビルダー(イタリア語でいうカロッツェリア)で、戦前からロールスロイスやベントレーのボディを顧客の注文に応じて作り上げていたのだから、このあたりの仕上げ方はお手の物だったといってもいいだろう。イギリスの階級社会において、アッパークラスに認められたコンパクトカーはこれとミニくらいではなかろうか。

  • バンデンプラプリンセス
  • バンデンプラプリンセス
  • バンデンプラプリンセス
  • ロールスロイスなどのボディを手掛けていたバンデンプラにとってみれば、「バンデンプラプリンセス」のような小さな高級車を仕立てることはお手の物だったに違いない(カタログ協力:田近弘様)

もっといえば、小さな高級車は1960年代以前から存在してはいたのだが、それらはほとんどオーナーの注文によるオーダーメイドや少量生産車などだったので、何かをベースにした大量生産車としては、このバンデンプラプリンセスが始まりという説を支持する声が多い。