【あらすじ】
コマガール――。細かい女(ガール)の略。日々の生活において、独自の細かいこだわりが多い女性のこと。細々とした事務作業などでは絶大な力発揮をするが、怠惰な夫や恋人をもつとストレスが絶えない。要するに几帳面で神経質な女性。これは世に数多く生息する(?)そんなコマガールの実態を綴った笑撃の観察エッセイです。

男性にはあまり見られない女性特有の現象のひとつに、年上男性に対するタメ口の許容というものがある。一般的に女性は男性に比べ、年上男性に対してフランクにタメ口を使っても、どういうわけか許されることが多い気がするのだ。たぶんです。

ちなみに男性社会の根底には、いくら時代が変わったとはいえ、いまだに体育会的な年功序列の理念が根強く横たわっており、我々は仕事先やプライベートなどで初対面の男性と出会えば、まず彼の年齢が気になってしまう。そして、その彼が自分より年下だとわかったら、人によっては彼に対して親しみを込めたタメ口を使い、他方その彼が年上だとわかったら敬語で話すように努める。ちなみに僕はこういう男性同士の微妙な序列の探り合いが苦手なので、初対面では明らかに年下が相手でも敬語を使うようにしている。年をとると、敬語で喋るほうが楽な場合もあるのだ。

実際、以前僕が雑誌の仕事で出会った某現役プロ野球選手は、超一流かつ高年俸の人気プレーヤーのためか、最初はすこぶる横柄な態度で接してきた。なんの威厳も貫禄も感じられない僕の小柄な容姿を見るなり、「ふん、この野良犬風情めが」とでも言うような見下した口調になり、にこやかな笑顔を一切見せてくれなかった。

ところが、僕がこんな話を切り出すと、その彼の態度は急変した。

「やあやあ、○○選手、実は僕、あなたと同じ大学出身で学部も同じなんですよ。ちなみに僕と同期の野球部には××選手がいてね……」

その××選手とは、彼の3学年上のこれまたプロ野球選手(すでに引退)であり、すなわち僕は自分のほうが彼より年上で、しかも大学の先輩でもあるということを暗に(もろに)示したわけだ。だって、それは事実ですから。

すると、おもしろいもので彼は途端に背筋を伸ばし、それまでの横柄な態度が嘘のように礼儀正しくなった。「ああ、そうなんですか。先輩だったんですね。よろしくお願いします」と頭を垂れ、それ以降は柔和な笑顔を繕いながら実に丁寧な敬語で話しだした。いくら高年俸の人気プロ野球選手とはいえ、やはりその根底には年功序列の理念がいつまでも眠っているのだろう。バリバリの体育会出身者ならなおさらである。

翻って女性である。彼女たちも、それぞれ単独で考えると男性と同じような年功序列システムに倣い、年長者には敬語を使うことが基本だったりするのだが、そこに"あるきっかけ"が訪れた途端、突如として言葉遣いに大きな変化が生じてしまう。

それは年上男性との恋愛、あるいは結婚である。

たとえば、都内の某企業で働くOLのA子(24歳)の場合。それまでA子は親の教育が良かったのか、実に礼儀正しい女性として知られており、同じ部署の先輩諸氏にはきちんとした敬語を使っていた。体育会よろしく、年功序列を重視していたわけだ。

しかしそんなある日、A子の態度が急変した。いきなり同じ部署で働く30代の先輩男性たちに、飲み会の席などでタメ口を使い出し、名前の呼び方まで「○○さん」から「○○くん」にモデルチェンジ。しかも、それに対する先輩男性たちもA子の急変に違和感を覚えることなく、それどころか自分たちよりはるかに年下のA子のことを一目置いた存在として認め始めた。中には、A子に対して逆に敬語を使う30代男性もいるほどだ。

その理由は簡単である。A子が彼らの上司である部長(44歳)と結婚したからだ。

これ、実際よくあるケースだと思う。男性にしてみれば、自分の先輩や上司の奥様に当たる女性は実年齢が何歳であろうが、目上の存在というイメージになってしまう。A子もA子で、そんな先輩男性たちの遠慮や気遣いの空気を敏感に察知するだけでなく、家庭の中で彼らの上司である夫が「○○くんは年齢のわりに頼りない」「××の野郎は仕事がまったくできん」などと話しているのを聞くうちに、だんだん彼らのことが自分の部下のように思えてくる。A子と部長は夫婦であり、つまり対等の立場なのだから、これはもうしょうがない。むしろA子がそう振る舞ったほうが、社会は丸くおさまるはずだ。企業で働く女性にとって究極のスピード出世とは、上司との結婚なのではなかろうか。

これは僕の妻であるチーにも、いくらか当てはまっている。たとえば家庭の中で、僕が自分と同等か、あるいは年下の友人・知人の話をするとき、当然のように「○○くんがどうこう」「××の野郎がどうこう」と言うわけだが、それを聞いているうちにチーも「○○くん」「××くん」という表現を使うようになった。そして、彼らと実際に対面してもチーはごく自然にタメ口を使い、彼らも彼らでチーに対して敬語を使ったりする。

しかしよく考えてみると、彼らはみんなチーより年上なのだ。今年36歳になる僕にとっては後輩の大半が30代であり、まだ29歳のチーにしてみれば立派な先輩だ。チーは僕との7歳差の結婚を果たしたことによって、そんな先輩連中に対してタメ口を使うようになり、それを社会の一般常識もまた、寛大に許容している。そこに目くじらを立てないほうが男女の社会的秩序が保たれることを、我々は無意識のうちに自覚しているのだろう。

加藤茶の若奥様は、志村けんにもタメ口なのだろうか。

<作者プロフィール>
山田隆道(やまだ たかみち) : 作家。1976年大阪府生まれ。早稲田大学卒業。おもな著作品に『雑草女に敵なし!』『Simple Heart』『阪神タイガース暗黒のダメ虎史』『彼女色の彼女』などがある。また、コメンテーターとして各種番組やイベントなどにも多数出演している。私生活では愛妻・チーと愛犬・ポンポン丸と暮らすマイペースで偏屈な亭主。チーが几帳面で神経質なコマガールのため、三日に一度のペースで怒られまくる日々。
山田隆道Official Blog
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