企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。

第23回は、大手企業や自治体と共創し、新たな一歩を踏み出すサポートをしている株式会社SIGNINGの代表取締役・共同CEO 亀山淳史郎氏に話を聞いた。

経歴、現職に至った経緯

まずは経歴について。亀山氏は1981年生まれ、東京都出身。2006年に早稲田大学文学研究科を卒業。広告会社を経て、博報堂に入社した。博報堂時代は、営業職として大手飲料メーカーやブランドの広告マーケティングコミュニケーション業務に従事していたという。

その後、2018年7月にSIGNINGの前身組織となる博報堂DYホールディングスのグループ会社を設立。およそ2年後の2020年4月に、博報堂DYホールディングス傘下にソーシャルビジネススタジオSIGNING(サイニング)を設立し、代表取締役・共同CEOを務めている。

SIGNINGを起業した理由について、亀山氏は「クリエイティビティで社会課題の解決に挑戦したかった」と語る。

「企業から寄せられる『社会課題に取り組みながら、ビジネスも成長させなければいけない』という声はどんどん高まっています。その要望に対応するため、専門性の高いメンバーを集めて起業しました」

会社概要について

SIGNINGが提供しているのは、“ビジネス課題”と“社会課題”を同時解決するクリエイティブなアイディアと、さまざまなプレイヤーとの協業によるソリューションだ。クライアントとなる大手企業、国、自治体などに対し、脱炭素やSDGs、サステナビリティ領域でソーシャルグッドとビジネスグッドを同時に叶えるべく、数々のアイディアを提供している。具体的な事例について、亀山氏は次のように紹介する。

「ポイントでドネーションをするサービス『BOSAI POINT(ボーサイポイント)』や、日本初のクリエイティブビジネスカンファレンス『Innovation Garden(イノベーションガーデン)、脱炭素をテーマにしたメディアプラットフォーム『Earth Hacks(アースハックス)』、未利用魚を活用した新しい食体験『ZACO Project™(ザコプロジェクト)』などが、これまでに手掛けてきた一例です。このように、サービスの企画開発にも携わっています」

社名の「SIGNING」には、兆しという意味があると亀山氏は述べる。

「社名の通り、これからの社会の兆しを独自にリサーチし、レポートして発信する活動も行っています。例えば、コロナ禍における生活者の意識や、30の社会課題に対する意識調査のレポートを発表しました。直近では、若者の生きづらさをテーマにしたサイレントマイノリティレポートも発信しています」

創業時に初の緊急事態宣言が発令。予定していた仕事がほぼなくなった

SIGNINGの創業は2020年4月。4月7日には初の緊急事態宣言が発令された時期のことだ。その影響はSIGNINGにとっても大きく、亀山氏は「決まっていた仕事がほとんどなくなってしまいました」と当時の様子を振り返る。

「創業準備を進めるなかで、緊急事態宣言についてのニュースが出始め、『まずいな』と感じてはいたものの、『でももう止められない』というなかでのスタートでした」

SIGNINGが創業時に掲げたスローガンは「新しい世界に道標を」。そこには、「ビジネスの新しい一歩を踏み出すことのサポートを通じ、より良い社会を作っていく」という想いが込められていた。しかし、コロナ禍に突入したことで、意思の有無を問わず、あらゆる人が新たな一歩を踏み出さざるを得ない状況になったのだ。

「先行きの見えない時代となり、仕事がなくなってしまった企業や生活者が増えた。こうした時代だからこそ、私たちのようなビジョンで活動する会社が求められるはずだと思いました」

当初、予定していた仕事がなくなってしまった亀山氏たちが行ったのは、毎晩のメンバーディスカッションだった。コロナ禍の生活者の意識や行動の変化を知りたいという一心で、「世界がどうなるか」をメンバー間で話し合い続けたのだ。そのディスカッションを経て、自分たちで調べようという話になり、5月1日に最初のレポート「Covid-19 Social Impact Report」を発表した。リサーチを始めてから2週間というスピーディーな発信だった。

テーマは「先行きの見えない状況下でも、前向きに活動している人がいる」。調査の結果、若者やワーキングペアレンツがより柔軟に対応していることがわかったのだという。結果を受け、亀山氏たちは「リモートワークを始めとしたコロナによる生活の変化は“来たるべき未来が早く来た”と捉え直し、ビジネスチャンスを探るのがいいのではないか」と提言した。

「提言した結果、これから先どうしようかと悩んでいる企業様から、たくさんのお問い合わせをいただき、仕事が増えていきました。このときに問い合わせてくださった方の特徴は、リアルな場を持っているということでしたね。ジムや英会話教室、外食店、地方自治体、モビリティなど、コロナ禍で始まったソーシャルディスタンスによりリアルに人と接触できなくなってしまったことで、ビジネスに影響を受けた方たちです。そうした方たちに対し、コロナ禍の生活者がどう考えているのかという兆しのデータを元に、新しいビジネスの形のアイディアを一緒に考えました」

その後、1年間定点的に調査をし、4回レポートを発信。2回目はコロナによる変化を受けた150の行動をプロット。3回目はコロナへの価値観が分断した時期だったため、価値観を6分類に分けた動物占いを製作したという。

「最後となる4回目では、ニューノーマルという言葉が多様化し、自分の中で新様式が生まれるマイノーマルに変わってきていることがわかりました。依然としてコロナ禍は続いていますが、各々が工夫して暮らし始めていると結果が出ています」

自ら率先して新たな一歩を踏み出す大切さを実感

創業のタイミングで仕事がなくなってしまった危機から起死回生できたことについて、亀山氏は「最初のレポートをすぐに出したことが功を奏した」と語る。

「レポートは全4回発信しましたが、いずれもコロナと共生しなければならず、世の中や人々にいろいろな変化が起きていることを都度見つめながら発信してきました。ゼロからのスタートで成功したのは、この積み重ねがあったからだと思います」

また、「Covid-19 Social Impact Report」を通して見えてきたものもあるという。それは、「社会課題は大きなイシューのようでいて、実は小さくてパーソナルなイシューの集合体だと捉えるべき」だということ。「SDGsや脱炭素など、国が掲げたイシューの解決ももちろん大切ですが、生活者が抱えているパーソナルなイシューを解決していくことも大事なのだとわかりました」

先行き不透明な中、スピーディーに新たな一歩を踏み出した経験から、「自ら率先して一歩を踏み出すと、様々な人が一緒に動いてくれることも実感した」と亀山氏は語る。

「自分たち1社だけではできないことでも、兆しを見つけて方向付けをすることで、多くの人と一緒にソーシャルインパクトを出せるのではないかと思っています」

就活生・若手ビジネスパーソンにメッセージを

最後に、就活生・若手ビジネスパーソンに向けてメッセージをもらった。

「『共創』が新しいビジネスのルールになってきていると感じます。より大きな課題を乗り越えるには、ひとりや一社ではなく、多くのパートナーとの連携が重要でしょう。当社もコロナ禍の創業という困難からのスタートでしたが、チーム一丸となって2週間で調査レポートをまとめて発信したことを機に、多くのプロジェクトを生み出せました。困難に直面したときこそをチャンスと考え、『共創』の輪を広げていただきたいです」