企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。

第19回は、楽しみながら習慣化を実現できるアプリ「みんチャレ」を提供するエーテンラボ株式会社のCEO長坂剛氏に話を聞いた。

経歴、現職に至った経緯

まずは経歴について。長坂氏は1982年、静岡県出身。神奈川県湘南で育ち、「のびのびとした環境で、自由に育ててもらいました」と語る。そんな幼少期の様子がうかがえる小学生時代のエピソードを披露してくれた。

「ビルの3階くらいの高さがある大きな木に木登りして、怖くて降りられなくなってしまい、はしご車で救助されたことがありました。やりたいことがあると、後先を考えずに好奇心の赴くままに動いてしまうタイプでしたね」

地元で中学、高校時代を過ごし、東京工科大学メディア学部へ進学。東京藝術大学を目指していたが、2浪を経て3度目の挑戦をするも、残念ながら不合格。そこで選んだのが東京工科大学メディア学部だった。

「当時、映像コンテンツ制作やコンピュータグラフィックスで活躍し、アカデミー賞など国内外で数々のアワードを受賞していた金子満さんが教授として在籍されていまして、映像制作を学ぼうと考えました」

卒業後、長坂氏はソニーに入社。B2Bの営業や、プレイステーションネットワークのサービスの立ち上げに従事した。2016年、ソニーの新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program」から独立し、A10 Lab Inc.を創業。「大企業のイントラプレナーからスタートアップのアントレプレナーに進化しました」。

  • Sony Computer Entertainment 本社1Fにて12月3日(プレイステーションの日)

創業に至った経緯について、長坂氏は「プレイステーションの仕事をしている中で、ゲームに夢中になっているときは幸せを感じるものの、やり終わるとその幸せは終わってしまう、もっと直接的に人生の幸せに寄与したいと思うようになりました」と説明する。

そこで、「幸せ」について調べることにした長坂氏。出会ったのが、「人は自ら行動を起こすと幸せを感じる」という研究だった。しかし、自ら行動を起こすことで幸せを感じる一方、なかなか「続けられない」という問題がある。そこで、「夢中になってしまうゲームの要素を採り入れ、現実世界で楽しく習慣化できるアプリを作ろう」と思い立ったのだ。

会社概要について

エーテンラボでは、5人で励まし合いながら楽しく続けられるデジタルピアサポートアプリ(*)「みんチャレ」を開発・運用している。「みんチャレ」について、長坂氏は次のように説明する。

「勉強・ダイエット・運動・糖尿病改善など、同じ目標を持った匿名の5人でチームを作り、チャットに報告して励まし合うことで楽しく習慣化に取り組めるアプリです。これまでに120万人を超える人にご利用いただき、GooglePlayベストアプリを3回受賞、アプリストアの評価も4.7と高い支持を受けています」

  • エーテンラボ株式会社社員と旧本社のビル前にて

他のアプリとの違いは、ユーザーエンゲージメントの高さだ。国内外のトップヘルスケアアプリと比較して、5倍ものエンゲージメントがあるのだという。毎日使われるのも「みんチャレ」の特徴だ。「だからこそ効果を出せるんです」と長坂氏は胸を張る。

「糖尿病予備群の方を対象とした研究では、運動療法の実施において、みんチャレを使った方が使わない方より歩数が2倍になるという結果も出ているんです」

近年は、医薬品と「みんチャレ」を一緒に使う禁煙事業を成果報酬型で企業や健康保険組合向けに提供している他、自治体向けに「みんチャレ」を使ったシニアのデジタルデバイト解消やフレイル予防事業も提供しているという。

*デジタルピアサポートとはデジタル技術を使い、オンライン上で同じ境遇の仲間同士が支え合い、励まし合い、課題解決を図ること。「ピア」は仲間を、「サポート」は支援を意味する。

顧客課題に寄せすぎたことで、本質からズレた新規事業に

多くのユーザーから支持を得ている「みんチャレ」。しかし、ソニー勤務時代、同社の新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program」の第1回オーディションに類似のコンセプトを持つアプリ事業を提案した際は、落選に終わっていたのだという。その原因について、長坂氏は「新規事業の内容を顧客課題に寄せすぎたため」だと語る。

「そのときの解決課題は、顧客候補へのヒアリングの結果、女性にニーズがあり、特にスキンケアなどの美容行動の習慣化だと判断したのです。そこで提案したのは、美容行動の習慣化アプリ『Beaut』」(Let's be beautiful together)でした」

多くの顧客候補にヒアリングを行い、ニーズの確認やアプリのモックアップを使ったデモでソリューションフィットも確認。満を辞してオーディションに臨んだが、残念ながら結果は2次選考での落選となった。

「かなり準備に時間と労力をかけ、自信満々で臨みましたから、結果はとてもショックでした」

ほかでもない自分が手掛ける意味を見出せることこそが重要

落選の連絡をもらったあと、2次選考の審査員から「これは長坂さんが本当にやりたい事業なのですか?」とフィードバックをもらい、冷静に考えてみたのだそう。そこで、「女性の美容行動の習慣化をしたいとは心から思っていなかった」ということに気づけたのだという。「私は女性ではありませんし、スキンケアの習慣化にも困っていませんからね」と長坂氏は語る。

そこが転機となり、「みんチャレ」へとサービス・事業内容を転換。自分が心の底から本気で取り組みたいと思える習慣化の本質を体現するサービスとして、第2回目のオーディションに応募し、無事に採択に至ったのだ。この経験から得た学びについて、長坂氏は次のように述べる。

  • SAPオーディション合格時、左から不破さん(エンジニア)、長坂、木下さん(デザイナー)

「ビジネスをする上で、顧客ニーズを考えたり市場を考えたりするのは大切なのですが、それを自分が行う意味を見出せなければ、限られた人生の時間を使うには値せず、本質を捉えられないのだと悟りました。この考えは、現在スタートアップの代表として働く上でも、一緒に働く仲間を集める上でも、とても大切にしているものです」

就活生・若手ビジネスパーソンにメッセージを

最後に、就活生・若手ビジネスパーソンに向けてメッセージをもらった。

「人は大なり小なり失敗の連続です。ただ、捉え方次第で失敗ではなく学びとして人生に活かせるでしょう。失敗を学びとして捉えるには、『素直さ』『誠実さ』を意識するといいと思います。失敗したときは悔しさが強く、感情的にもあまりよい状態ではないでしょうが、一歩引いて素直に事象を受け入れ、誠実に対応することで、そこから学びを得られるものです」

「人生は一度きり。やりたいことやったもん勝ちです」と長坂氏は笑顔で続ける。

「自分の人生なのですから、誰かのために我慢をするのではなく、誰かのために価値を作り出すことに時間を使いましょう。人が何者であるかを決めるのは、その人の能力ではなく、選択によるのですから」