企業の経営層は、過去にどんな苦労を重ね、失敗を繰り返してきたのだろうか。また、過去の経験は、現在の仕事にどのように活かされているのだろう。そこで本シリーズでは、様々な企業の経営層に直接インタビューを敢行。経営の哲学や考え方についても迫っていく。

第16回は、ITベンチャーの株式会社Nextremer(ネクストリーマー)代表取締役社長 CEOの向井 永浩(むかい ひさひろ)氏に話を聞いた。

経歴、現職に至った経緯

向井氏は、岐阜県中津川市出身。「家族が全員、厳格な地方公務員というコンサバティブ(保守的)な環境で育ちました」と穏やかに話し始めた。2000年に金沢大学を卒業し、国内の大手メーカーにSEとして入社する。

「大手メーカーを5年半で退職し、シンガポール資本のITベンチャー企業に飛び込みました。日本と、シンガポールやインドを行き来する生活でした」と振り返る。

前職とはまるで違う文化に驚きながらも、圧倒的なスピード感があり、刺激的な仕事にのめり込んでいった。6年勤めたが、担当部門がリーマンショックのあおりを受けて閉鎖することになってしまう。そこで向井氏は起業を決意。2012年10月にネクストリーマーを設立した。

向井氏は、当時をこう振り返る。 「創業間もない2013年頃、AIの研究者の方々との出会いがありました。今でこそAIは当たり前のように様々なビジネスに活用されていますが、創業当時は今のようなブームはなく、真剣に取り組んでいたのは研究者ぐらいでした。彼らから刺激を受け、研究者の想いを無駄にせず、ビジネスに活用するために何ができるのか、日々社内で議論しました」

様々な企業・研究機関との共同研究などを経て、独自の対話エンジン開発や、AIプロダクトへと発展させた。

ネクストリーマーについて

続いて、ネクストリーマーの会社概要について伺った。ネクストリーマーは高知・東京に本社、金沢にも拠点を置くITベンチャー企業だ。

「当社が推進する『AIソリューション事業』では、データ活用による企業のイノベーションをサポートしています。画像や映像、テキストなど既存のデータに対し、AIを用いた高度な解析を実施。人の意思決定の支援や、自動化による業務効率のアップなど、あらゆるシーンにおいて新しい付加価値を生み出すことが可能です」と向井氏。

例えば、様々な場面で活用できる対話システムの構築や、画像解析技術による業務の可視化・最適化・予測・推論などを行う。AIが生みだす新たな価値を、企業の効率化や生産性の向上に役立てている。

向井氏は、「人と機械が協調することで、人はより付加価値の高い分野に集中でき、ひいては社会全体の生産性の向上につながります」と力説する。現在はAIを活用し、課題に対する解決策の提示から、PoC(概念実証)、AIモデル構築、保守、運用までの一連のサービスを行っている。

思いもよらぬ落とし穴にはまった失敗談

順風満帆であったように見える向井氏だが、聞けば失敗もあるという。

「創業当時、AI開発の予算を持っているのは大手企業のみでした。それらの大企業に求められる、破壊的なイノベーションができるチームを作ろうと考えたとき、インドを拠点に6年過ごした、前職のITベンチャー在籍時代を思い出しました」

インドでは保守的な環境で純粋培養された固定観念が砕け散ったという。インドの圧倒的な多様性と高度IT人材の有能さにポテンシャルを感じ、関連会社はインドに設立する運びとなった。

「創業2年目に、インド西部のプネーで関連会社(Nextremer India private limited)を設立しました。創業間もなく、資金は限られていましたが、思いのほか経営は順調でした。IT大国のインドで、現地の優秀なエンジニアを獲得できたことも幸いし、順調にAI開発を受注。日本国内でも大手企業から声がかかり、仕事をいただくようになりました」

しかし、落とし穴は思いもよらないところにあった。

「今思えば、当時の私は日印租税に対する理解が不十分でした。その認識のないままに経営を続けてしまった結果、追徴課税を数百万ほど支払うことになり、小さなスタートアップには大きすぎる痛手でした」と悔やむ。

「海外で関連会社を経営する上で、知識や準備が明らかに不足していました。行動力は自身の強みの一つでもありましたが、同時に詰めの甘さも露呈してしまいました。さらに、行動力がある反面、周囲への配慮に欠けた気質も影響していたのではないかと思います。起業したばかりで気負っていた面はありますが、当時誰かに相談するということはほとんどありませんでした」

この失敗が直接の原因ではないというが、この関連企業は最終的に売却することになった。

失敗から得た教訓は「コミュニケーションの大切さ」

「このときの失敗から学んだことはいくつかありますが、会社で起こる対外的・対内的な問題は、コミュニケーションの有無や質に起因するという教訓を得ました。それからは情報を積極的に開示し、チームの意見を求めていくようになりました」と振り返る。

プロダクト開発や会社の制度作りにも現場の意見を重要視するように。社内のコミュニケーションは(ビジネスチャットツールである)Slackのオープンチャンネルで実施している。

「できるだけクローズドにならず、様々な意見を踏まえた上での意思決定をするように徹底しました。結果的に社員の信頼を得ることにも繋がり、一人一人が『自分ごと』として仕事に向き合ってくれるようになりました」

コミュニケーションの改善だけでなく、自身の意識にも変化があったという。

「物事の様々な側面を見て、多角的に考えることを意識するようになりました。インドの関連会社の売却前、当時のプロジェクトの実績を認められ、海外企業からも引き合いをいただいていましたが、会社を売却してから数年後の2018年頃、新たなチャンスがめぐってきました。当時の取引先からの紹介により、再び海外法人との取引を開始し、その後も海外法人とのAI開発の取引比率は少しずつ上昇していて、現在は売上の10%程度を占めています。当時まいた種が芽を出し、実を結んだと考えています」

就活生・若手ビジネスパーソンにメッセージを

最後に、就活生・若手ビジネスパーソンに向けたメッセージをもらった。

「いまの世の中は、世界的なパンデミック、不安定な世界情勢などの地政学的なリスクも多く、かつてないほどに不確実性の高い時代になっています。しかし、そもそも意思決定には常に不確実性が伴います。私は迷ったとき、さまざまな選択技を徹底的に考えた上で、そのときに一番 “チャレンジング” だと思った選択をしてきました」と熱く語る向井氏。

国内大手メーカーから海外資本のITベンチャーに飛び込んだとき、担当部門の閉鎖とともに起業を決意したとき……。これまでの向井氏の意思決定には、決断力と思い切りの良さが垣間見える。

「私は『エクストリームにやろう』という行動指針を大事にしています。その結果、ある意味では極端で無謀とも言える選択をしてきました。散々考え抜いた上でのことですし、自分で決めたことなのでもちろん後悔はありません」と笑う。

「自分のキャリアをどう作っていくか、何を目指すべきか。答えは見出しにくいかもしれません。しかし、確実な“正解”などは存在しないので、とにかく視野を広げ、チャレンジしてもらいたいと思います。『チャレンジングであること』とは、ある程度の『不確実性を許容する』ことです。もし失敗をしても、他の誰でもない自分自身が決めたことなら、そこから得るものは必ずあります。挑戦と失敗の積み重ねで、最終的には自分だけの正解が見い出せるはずです」と力強いメッセージで締めくくった。