前回、イノベーションの正体は「つながり」「変化を創りだすこと」であり、「日本企業が世界から取り残されてしまったようにみえる」と書きました。今回はイノベーションの必要性について伝えます。

  • 企業にイノベーションが必要な理由は?

企業の機能はイノベーションとマーケティング

企業の機能はマーケティングとイノベーションと喝破したのがドラッカー(※)です。企業の目的は「顧客の創造」にあり、そのために必要なふたつのアプローチとしてマーケティングとイノベーションをおきました。※米国の経営学者

すでに顕在化している顧客の欲求に応えるものがマーケティングであり、潜在的な欲求を創りだして新しい需要をつくる動きをイノベーションと規定しています。

ここでは、イノベーションの定義である「経済成果をもたらす革新」をふまえ、多少乱暴ですが、マーケティングを既存事業、イノベーションを新規事業とおいてみます(図表A参照)。

  • 図表A:イノベーション-マーケティング・サイクル リクルートマネジメントソリューションズ作成

図表Aの(1)で、企業は顧客の潜在的欲求を捉えイノベーションをおこし、(2)及び(3)の領域で、顕在化したニーズを拡大しマーケティングを推進していくというサイクルです。

イノベーションとマーケティングは相性が悪い

図示したイノベーション-マーケティング・サイクルがうまく回ること、つまり新規事業と既存事業がバランスよく推進されることが、企業には強く求められます。

しかし、なかなかうまくいきません。マーケティングとイノベーションは相性が悪いのです。その理由を、幾つかの項目を切り出して比較してみます(図表B参照)。

  • 図表B:イノベーション-マーケティング比較表 リクルートマネジメントソリューションズ作成

高度経済成長期には、「いいもの」を作ればたくさん売れました。規模をひたすら拡大していくことが大事であり、目標を決めてやり切ることが求められました。

人口の増加や世帯数の急増が、マーケティングを後押ししたのです。イノベーションはなかなか難しい。現代は人口が減り続けていて、お客様一人ひとりのニーズが多様化し、欲しているものが何かよく分かりません。

こうすれば上手くいくという計画がなかなか立てられず、失敗も多い。企業経営に関わることが、何もかもマーケティングと異なるのです。

なにもかも違うふたつのことをやらなければいけないこと自体を、ある人は「両利きの経営」といい、「二階建てのマネジメント」と呼ぶ人もいます。このことは、組織の一員として仕事をしているときに、必ず意識していてほしいことでもあります。

デジタル革命がイノベーションを後押しする

イノベーションとマーケティングは相性が悪く、日本企業はなかなかイノベーション領域に移行できていませんが、光明もあります。デジタル革命です。第2回で現在の企業の株式時価総額ランキングを示しましたが、上位企業はデジタル技術を最大限活用してイノベーション・プレミアムを享受しています。

GAFAが全てデジタル・トランスフォーメーションを実現しているのは当然として、テンセントやアリババ、バークシャー・ハサウェイにいたるまで、デジタル一色です。

では、光明とはどういうことでしょうか? 技術(ここではデジタル技術)は不可逆的に進歩し、逆戻りすることはありません。デジタル・トランスフォーメーションの大きな胎動は、前進あるのみともいえます。デジタル技術が大いなる武器となり、企業のマーケティングからイノベーションへのシフトが加速しているといってもいいでしょう。

一人ひとりは何をすべきか? テーマは「イノベーティブ」な働き方です。新しく組織に参加する人の多くは、マーケティングすなわち既存事業領域で仕事をすることになります。

もちろん入社して早々に新規事業部隊やイノベーション推進室のような部署に配属される人もいるかもしれませんが、割合としてはごく少数でしょう。

そこで必要なのは、「守・破・離」です。第1回で話しましたが、「守」とは型を学びきることです。その際、PDCAを高速回転させて取り組んでみてください。

上述したデジタル革命の方向性を意識しながらも、前提や常識を常に疑い、大きな視野と高い視座で仕事の目的自体を考え抜くことで、型が「破」れてくると思います。

それが進展すると、既存の仕事にとらわれることなく、型自体から「離」れることができるようになります。新しい仕事(新しい流派)の確立です。守・破・離の実現です。これこそが、「イノベーティブ」な働き方といえます。

執筆者プロフィール : 井上功(いのうえ・こう)

リクルートマネジメントソリューションズ エグゼクティブコンサルタント
1986年リクルート入社、企業の採用支援、組織活性化業務に従事。2001年、HCソリューショングループの立ち上げを実施。以来11年間、リクルートで人と組織の領域のコンサルティングに携わる。2012年より現職。イノベーション支援領域では、イノベーション人材の可視化、人材開発、組織開発、経営指標づくり、組織文化の可視化等に取り組む。