2019年4月30日に幕を下ろす「平成」。マイナビニュースでは、「平成」の中で生み出されたエンタメの軌跡を様々なテーマからたどる。この連載は、「視聴率や俳優の人気は無視」のドラマ解説者・木村隆志が、平成元年から31年までのドラマを1年ごとに厳選し、オススメ作品をピックアップしていく。第9回は「平成9年(1997年)」(※以下はドラマの結末などネタバレを含んだ内容です。これから視聴予定の方はご注意ください)。
平成9年(1997)は、情報番組やワイドショーをにぎわせるニュースが多かった。4月にペルー日本大使公邸占拠事件、5月に神戸連続児童殺傷事件、8月にダイアナ元イギリス皇太子妃の交通事故死などが発生。芸能界では、10月に安室奈美恵が結婚・妊娠を発表し、『紅白歌合戦』(NHK)のトリで「CAN YOU CELEBRATE?」を歌い1年間の産休に入った。
バラエティでは、3月に『鶴瓶の家族に乾杯』(NHK)、4月にゴールデンタイム版の『ぐるぐるナインティナイン』(日本テレビ系)、10月に『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)、『学校へ行こう!』(TBS系)、『奇跡体験!アンビリバボー』(フジテレビ系)がスタート。一方で、9月に『平成教育委員会』(フジテレビ系)、11月に『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ系)が終了した。
その他で特筆すべきは、3月に現在も続く『スーパーJチャンネル』(テレビ朝日系)が放送開始。何と初代キャスターは石田純一と田代まさしという、今考えると驚きの人選だった。同じ3月に、フジテレビが新宿区河田町から港区台場へ本社屋を移転。「特別番組『ザッツお台場エンターテイメント!』を7夜連続で生放送」というお祭り騒ぎは、いかにも当時のフジテレビらしかった。
ドラマでは、数多くの名作がある中TOP3には、見るほどに制作サイドの熱を感じる3作を選んだ。
クレーム殺到! 前代未聞の医療ドラマ
■3位『心療内科医・涼子』(日本テレビ系、室井滋主演)
当時も現在に負けず医療ドラマは多かったが、当作は明らかに異物。舞台は外科や病棟ではなく心療内科で、心の病を扱うだけに、これまで見たことのなかったような重く激しい作品となった。
主演を務めたのは、すでに売れっ子ながら連ドラ初主演の室井滋。当時、「こんな閉塞した時代だから、誰でも心の病気に冒される可能性がある。悩んでいるのは自分だけじゃないと伝えたい」と、時代背景に基づいた作品であることを自覚していた。
特筆すべきは、毎週のテーマとなる病と、それを演じる女優のかけ合わせ。過食症の麻生祐未、虚言癖の篠原涼子、買い物依存症の斉藤由貴、身体醜形障害の菊池麻衣子、アダルトチルドレンの奥菜恵、境界性パーソナリティー障害の松嶋菜々子など、自主規制やコンプライアンス対策が重要な現在では扱いにくい病と、鬼気迫る女優たちの演技が、一部で熱狂的なファンを集めていた。
難しすぎるほどのテーマだけに、案の定と言うべきか、心療内科や精神科の関係者からのクレームが殺到。「病気や症状の描き方が過激すぎる」「それは精神科で扱う病気だ」「あんな治療方法では絶対に治らない」「ドラマのせいで患者が心療内科に通いにくくなってしまう」などの批判を突きつけられたが、全10話でしっかり描き切った。現在なら内容の変更や縮小になるであろう苦境を「フィクションのドラマであること」を盾に押し切れたのは、制作サイドにとっていい時代だったと言える。
そもそも主人公の涼子(室井滋)は、ラフな服装とドレッドヘアで、あだ名は「暴走特急」の型破りな医師。親に捨てられた過去から暗所恐怖症であるほか、最終回では医者と患者が逆転した“逆カウンセリング”を提案するなど、ファンタジーに近い設定だった。それも、すべては心の病を扱う重さをやわらげるためであり、コメディ巧者の室井を起用したことも含め、バランスに注力していた様子がうかがえる。
ちなみに、涼子の前に時折現れる架空の少女・チエコを演じていたのは、『ビズリーチ』のCMで有名な吉谷彩子だった。主題歌は、Le Coupleの「Sofa」。心の傷を癒すような優しい歌声と歌詞が物語にフィットしていた。
ただの「イケメン夏ドラマ」ではない高品質
■2位『ビーチボーイズ』(フジテレビ系、反町隆史、竹野内豊主演)
放送当時は、「反町隆史と竹野内豊の2大イケメンが夢の共演」「海を舞台にした定番の夏ドラマ」という2つの印象を与えていたが、決してそれだけではなく、随所に質の高さを感じさせる作品となった。
出色だったのは、これ以上ないほど夏に特化した舞台設定ながら、「ひと夏の恋」に走らず、「男2人の再生物語」に徹したこと。当時、すでに「月9」は恋愛から離れた作品も見られていたが、「このネタでよく振り切ったな」という思い切りの良さにフジテレビの勢いを感じる。
お調子者だが、実は人の気持ちに敏感な桜井広海(反町隆史)と、エリート商社マンで理屈っぽい反面、少年のような素直さを持つ鈴木海都(竹野内豊)。キャラクターの対比が鮮明である上に、互いに影響を与え合い、一歩ずつ絆を育んでいく姿に、女性のみならず男性からも「カッコイイ」と憧れの眼差しを送られていた。
広海と元ライバル・清水(山本太郎)の競泳対決、和泉真琴(広末涼子)に浴衣を着せるべく奮闘した花火大会、海辺の道でガス欠した車を押す広海と海都……名シーンを挙げればキリがないが、すべての映像に夏のまぶしさとはかなさが散りばめられていた。
夏を舞台にした作品では珍しく、夏休み以降の初秋を描いた点も、驚かされたポイント。明るく楽しくはしゃいだ季節が終わった寂しさを映像に落とし込み、民宿「ダイヤモンド・ヘッド」のオーナー・和泉勝(マイク眞木)が海で命を落とす衝撃と、そのショックから立ち直り、新たな人生を踏み出す2人の姿が感動を誘った。
ただの“イケメン夏ドラマ”でないことは、岡田惠和が脚本を手がけたことからもわかるだろう。『南くんの恋人』(テレビ朝日系)、『イグアナの娘』(テレビ朝日系)、朝ドラの『ちゅらさん』『おひさま』『ひよっこ』(NHK)など、岡田惠和は「女性主人公の作品が得意」というイメージが強いが、当作や『アンティーク ~西洋骨董洋菓子店~』(フジテレビ系)などでは「男もホレるカッコイイ男」を描いている。
反町、竹野内、広末、稲森いずみら、「俳優たちのまぶしい瞬間を切り取った」という意味でも価値は高く、いつ見ても色あせない記念碑的な作品。主題歌は反町隆史 with Richie Samboraの「Forever」。