■ネットがロマンではなく当たり前に扱われるように

「ネットは広大だわ」。

この名セリフで締めくくられた『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』の公開は1995年。インターネットの民間開放は既に始まっていたが、本格的普及の契機となったのは、この1995年だった。

  • イラスト:jimao

つまりこの時は、まだネットは、どのように発展していくか予想のつかない黎明期のまどろみの中にあった。それを考えると原作の初出が1989年(平成元年!)であることに驚かざるを得ないのだが、それはまた別の話なのでおいておく。

その後、7年が経過した2002年に『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』(『S.A.C.』)がスタートする。原作、映画に続く“第3の攻殻”と銘打たれた本シリーズは、独立した事件を扱う各話完結のエピソードと、シリーズを通じての謎となる「笑い男事件」を組み合わせた内容で構成された。

『S.A.C.』第9話「ネットの闇に棲む男」は、この「笑い男事件」をめぐって、ネットの中のチャットルームでさまざまな議論が繰り広げられる(というテイで視聴者に本編が始まる以前に発生した事件の概要を説明する)エピソードだ。

ここでおもしろいのはそのチャットの表現方法だ。議論を進めるメンバーは人型のアバターで『朝まで生テレビ』よろしく激論を交わしている。加えて、その背後には、メンバーの議論を見ているギャラリーのコメントがどんどんと流れていくという演出がされていた。このコメントが流れていく様子は、匿名掲示板「2ちゃんねる」によく似た雰囲気で表現されていた。

匿名掲示板2ちゃんねるは1999年に稼働を始めた。同年6月の東芝クレーマー事件(担当者にクレーマー呼ばわりされた顧客が、そのやりとりの音声をネット上にアップしたことに端を発する出来事)の際には、この事件特設掲示板を設置し、これを機に広く認知されることになった。さらに翌年の2000年には、西鉄バスジャック事件を起こした少年が、2ちゃんねるに書き込みをしていたことが大きな話題を呼んだ。こうして2ちゃんねるが様々な人に知られていった結果のひとつといえるのが『S.A.C.』第9話の描写なのだ。

ここに、1995年から7年が経過し、ネットが漠たるロマンを託す場所ではなく、ごく当たり前に人間の世界と地続きな社会の一部として扱われるようになった、という一端を垣間見ることもできる。(もちろんこの描写の背景には、映画を監督した押井守と、『SAC』を監督した神山健治の志向の違いもある)。

■「自然な世界の一部」へと拡張されていく

そして『S.A.C.』からさらに5年が経過した2007年。『電脳コイル』が登場する。

『電脳コイル』が描くのは、電脳世界の情報を現実に重ね合わせて見せる「電脳メガネ」が普及した世界。AR(Augmented Reality、拡張現実)という言葉が人口に膾炙する以前に、ARの普及した世界を魅力的に描き出した作品だ。

作中では、電脳メガネをかけると見ることができるさまざまなものを総じて「電脳物質」と呼んでいる。電脳物質は、輝く小石のようなメタバグ(機能を持ったバグを指す)から、小動物のような姿をした電脳ペットまでさまざまなものが存在する。電脳メガネが登場したのが11年前。

電脳メガネ・ネイティブとして生まれ育ったヤサコたち小学生は、こうした電脳物質もまた「自然な世界の一部」であるかのように感じている。それこの感覚は実は『となりのトトロ』で雑木林の中にトトロたちが住んでいると感じることができる感覚と地続きのものだ。

そして、ネットも自然の一部であるからこそ、不可解な電脳事件は、都市伝説として子供たちを中心に語られていくことになる。『電脳コイル』のネットとの距離感は、現実を侵食する異界として、ネットの世界(wired)を描いていた『serial experiments lain』(1998年)と比べても、もっと日常的であることがわかる。

『銀河ヒッチハイクガイド』で知られるSF作家のダグラス・アダムズは次のような「法則」を書き記したそうだ。

・人は、自分が生まれた時に既に存在したテクノロジーを、自然な世界の一部と感じる。
・15歳から35歳の間に発明されたテクノロジーは、新しくエキサイティングなものと感じられる。
・35歳以降になって発明されたテクノロジーは、自然に反するものと感じられる。

これは人間の認識の枠組みをネタにした一種のジョークだが、1990年代中盤からのネットの普及を見てみると、この法則が語る本質をなぞっていることがわかる。インターネット以前の「人間性を阻害する機械の代表としてのコンピューター」の時代を経て、「新しくエキサイティング」なインターネットの時代が始まり、それがスマホIoTの時代が到来して「自然な世界の一部」へと拡張されていく。

そしてアニメの中のネットの立ち位置も、同じように変化してきた。『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』、『serial experiments lain』、『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』、『電脳コイル』と年代順にタイトルを並べてみると、それがよくわかる。

さて現在、「自然な世界の一部」となったインターネットを賑わしているのは、フェイクニュースであり、エコーチェンバー現象(同質の意見をもったコミュニティの中で個人の意見が強化される現象)と密接に関連する“炎上”である。言うまでもなく、これはインターネットの中に、我々の社会のある要素が反映された結果である。しかも、ネットの特性によりバイアスがかかることで、そこに映し出された社会はかなり歪んだ鏡像となっている。

今後もアニメの中に「小道具」としてインターネットは登場するだろう。では、テーマとしてはどうだろう。平成以後のアニメは、果たしてこのようなネットワークを主題にして、どのようなアニメを作ることができるのか。『電脳コイル』から12年。そろそろ“次”があってもよい時期だ。

藤津亮太(ふじつ・りょうた)。1968年、静岡県生まれ。2000年よりフリー。Blue-rayブックレット、各種雑誌、WEB媒体などで執筆する。著書に『チャンネルはいつもアニメ』(NTT出版)、『声優語』(一迅社)、『新聞に載った アニメレビュー』(Kindle同人誌)などがある。WEB連載は『アニメの門V』(アニメ!アニメ!)、『イマコレ!』’(ニジスタ)。毎月第3土曜には朝日カルチャーセンター新宿教室にて講座「アニメを読む」を実施中。

記事内イラスト担当:jimao
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