次々に新しい料理や食材などが登場するとあって、『食のトレンド』は刻一刻と移り変わっていく。しかし、クライアントや職場の同僚と「あれ食べた?」という話になることはよくある。そんなときに「……聞いたこともない」というのは、かなりマズい。この連載では、ビジネスマンが知っておけば一目おかれる『グルメの新常識』を毎回紹介していく。第83回は「生カヌレ」。
ここ数年で、パティスリーでカヌレを見かける機会が増えた。最近ではパティスリーだけでなく、カヌレ専門の店やネットショップもある。コロナ禍で飲食店は苦戦したが、お菓子の売上げはむしろ増加傾向という話も聞く。そんななかで、脚光を浴びることとなったカヌレ。その存在感を身近に感じるようになったのは確かだ。
カヌレが注目されるのは初めてのことではない。「第一次カヌレブーム」は1990年代半ば。その年の「トレンディスイーツ」の登場が期待され始めた頃で、ティラミスやクレームブリュレなど派手なブームが打ち上がった。その後、フランス菓子のなかでも地味なカヌレの名前が挙がったものの「小さいわりに値段が高い」こともあり、大きなブームにはならなかった。だが、今回の生カヌレブームは熱く盛り上がっている。
「生カヌレ」って何?
生カヌレの前に、「カヌレ」とはどんなお菓子なのか紹介しよう。カヌレは、「カヌレ・ド・ボルドー」とも呼ばれ、その名の通り、フランスのボルドー地方発祥の菓子だ。ギザギザと溝の入った円筒形が特徴で、「canneler(カヌレ)」はフランス語で「溝をつける」を意味することから、一説にはこの形が名前の由来とされている。
基本材料は卵、砂糖、牛乳、そして香りづけのバニラとラム酒だ。型に蜜蝋を塗ることで、外側はカリっと香ばしく、中は独特のモチっとした食感に仕上がる。現代では、蜜蝋の代わりにバターが使われることが多くなった。
では、生カヌレとはどんなお菓子なのか? ブームの火付け役となった福岡のカヌレ専門店「ラ・スール」を運営するBlanc.scの代表・篠崎弘貴さんに開発の経緯を聞いた。「12歳のときに食べたカヌレの食感とかわいいフォルムが忘れられず、2014年に『カヌレ専門店』を立ち上げました。生カヌレは東京の百貨店と協力し、駅で売れるカジュアルなスタイルながら、お客様に喜んでもらえるようにクリームをたっぷり絞ったものを開発しようと、他にはない現在の形になりました」。
「生カヌレ」はどこで食べられる?
「ラ・スール」の生カヌレは、福岡店以外にも東京の小田急百貨店新宿店、大阪の阪神百貨店梅田本店で購入できるほか、通販でも手に入る。小田急百貨店新宿店総務部広報担当の野村真理さんは「味わいだけなく、種類が豊富で彩り豊かなかわいい見た目にも魅力を感じ、2020年8月に和洋菓子売り場にオープンしました。新食感の生カヌレも人気商品です。都内唯一の常設店ということもあり、夕方や休日には列ができることもあり、夕方には売り切れてしまうものもあります」と人気ぶりを話してくれた。
今年3月1日にスーパーやコンビニで発売されたのが、洋生菓子メーカー、ドンレミーの「クリーム生カヌレ」だ。同社は、コロナ禍でも豊かなおうち時間を過ごしてもらおうと、プチ贅沢なスイーツを開発してきた。冷やしておいしい「クリーム生カヌレ」は発売直後からSNSでの露出度も好調で、メディアからも注目されている。
「『冷やしておいしい』を目指し、生地のやわらかさや食感には特に気を配り、50回以上の試作を重ねました。中心はやわらかな生食感になるようにじっくり時間をかけて焼き上げ、カヌレの特長であるもちっとした食感を出しました。贅沢な気持ちになれるように、ホイップクリームはたっぷりと絞っています。生地に純生クリームを配合し、ラム酒も香らせているので、上に絞るのは後味のすっきりしたホイップクリームを選んでバランスをとりました」(ドンレミー 、マーケティング課)。
「生カヌレ」を食べてみた
今回は「ラ・スール」の生カヌレを食べてみた。売り切れてしまうこともしばしばと聞き、小田急百貨店新宿店本館2階に急ぐ。時間は18時過ぎ。ショーケースに「本日分の生カヌレは終了しました」という札が! ガーン……いや、そこはぬかりなく午前中に店舗を訪れ、先払いしてお取り置きしてもらっていたので、受け取りは無事に完了。電話予約はできないので、早い時間に来店するのがおすすめだ。
カヌレが生まれたという、ワインの銘醸地・ボルドーを思わせる赤みがかった紫色の箱をあけると、ひとつずつ紙にくるまれたカヌレが愛らしく4個並んでいる。ふんわりと生クリームがきのこのように丸く絞られていて、見た目がとてもかわいい。冷凍商品なので、帰宅するタイミングでちょうど食べごろになっていた。消費期限は短く、翌日まで(購入日+1日)。
どうやってクリームを詰めているのか、確かめたくてまず縦半分に切ってみた。カヌレは中央にくぼみができる型で焼かれるのだが、クリームを入れるためにくぼみをさらに大きくしているようだ。カヌレの高さ半分くらいまで絞ってあり、見るからにたっぷり。ふわふわのクリームをひと口食べてみると、ホイップクリームより濃厚! ホイップクリームにカスタードクリームがブレンドされている! キャラメリゼされた生地のほろ苦い甘みとよく合う。卵と牛乳が主材料のカヌレはカスタードプリンに似た味わいだ。クリームがプラスされると、当然ながらプリンアラモードのような贅沢さになる。
ふんわりとコクのあるクリーム、ところどころでカリっとする香ばしい外側の生地、対照的にモチっとした弾力とほのかなラム酒の香りがする内側の生地のコンビネーションは絶妙だ。高さ5㎝ほどの手のひらサイズゆえに、あっという間に食べ終わってしまう。こんもりとしたクリームを見たとき、「イチゴをのせたら、かわいさ倍増になる」と思ったが、余計なものはのせないのが正解だ。カヌレとクリームのみですでに味わいは何重にも広がっていて、フルーツの酸味が立ち入る隙はなさそうだ。
フランスの伝統菓子にホイップクリームをのせるという日本ならではのアイデアは、ホイップクリーム好きの日本人の心を射止めた。差し入れやギフトにも喜ばれること間違いなしだろう。