次々に新しい料理や食材などが登場するとあって、『食のトレンド』は刻一刻と移り変わっていく。しかし、クライアントや職場の同僚と「あれ食べた?」という話になることはよくある。そんなときに「……聞いたこともない」というのは、かなりマズい。この連載では、ビジネスマンが知っておけば一目おかれる『グルメの新常識』を毎回紹介していく。第64回は「AI活用グルメ」。

  • ユーハイムのバウムクーヘン専用 AI オーブン「THEO」

「AI活用グルメ」って何?

今、さまざまな分野でテクノロジーを活用が推進されている。金融×テクノロジー「フィンテック」、農業×テクノロジー「アグリテック」などがその一例。グルメの分野では、ロボットやAI(人工知能)のテクノロジーを使った「フードテック」が加速中だ。とくに今、AIを商品開発やレストランのサービスに活かした「AI活用グルメ」が増えている。

食分野へのAI活用では、2020年11月に設立されたソニーAIが、事業領域のひとつに「ガストロノミー・フラグシップ プロジェクト」を掲げたことも話題だ。「ソニーAIはゲームや音楽、映画と同様にガストロノミーもシェフであるクリエイターと人を結ぶ、グローバルなクリエイティブエンタテインメントの領域と位置づけています。AIとロボットの力で創造的なガストロノミーを可能にし、かつそれが健康や持続可能性に寄与することを目指しています」(ソニーグループ広報部)。現在、レシピ創作支援AIアプリや調理支援ロボティクスの研究開発などに取り組んでいるという。

「AI活用グルメ」はどこで食べられる?

  • THEO’S CAFE「焼きたてバウムクーヘン」(550円)

すでに私たちが楽しめる「AI活用グルメ」はいろいろある。ユーハイムでは、AI搭載のバウムクーヘン専用オーブン「THEO(テオ)」を開発。2021年3月にオープンした名古屋の「THEO’S CAFE(テオズカフェ)」では、THEOが焼いたバウムクーヘンを食べられる。

THEOは、バウムクーヘンの各層を画像センサーで解析して、人が焼く生地の焼き具合をAIに機械学習させてデータ化し、職人と同等レベルのバウムクーヘンを焼きあげることができる。焼きたてのバウムクーヘンを常設店舗で提供するのはユーハイム初の試みで、非常に好評。従来の商品と比べると、水分が多くしっとりした生地でふわふわの食感が特徴だ。

「THEOで焼くバウムクーヘンは、そのレシピを作った職人が焼くのと基本的に同じです。THEOは職人の一番弟子で、師匠である職人を超えることはありませんが、ベテラン職人がTHEOのおかげで気づくことも多く、前よりもっとおいしく作れるようになった、という声を聞きます」(ユーハイム海外事業室 松村莉奈さん)

  • 右「通のこだわり 濃密カスタード 深みカラメル」(希望小売価格135円、2021年9月中旬頃までの期間限定商品)、左下は第1弾の「通のこだわり 濃密プリン」

森永乳業が2021年4月に発売した「通のこだわり 濃密カスタード 深みカラメル」は、パッケージデザインの検討にAIを活用した商品だ。消費者がデザインをどう評価するかをAIで予測するシステム「パッケージデザインAI」を使用した。

同商品の前身である第1弾の「通のこだわり 濃密プリン」は、味の評価やリピート率は高かったものの、トライアル率が伸び悩んだ。そのためパッケージデザインで改善すべきことがあると考え、白色の面積を減らした躍動感のあるデザインに変更した。

「変更したポイントが伝わるのか、ポジティブに評価されるのか、傾向をつかみたいと思い、短期間で客観的な評価を得ることのできるAI分析に着目しました。第2弾の特長であるカラメルソースの写真や『高級感・上質感』『特徴がわかりやすい』という点が寄与し、男女ともに第1弾よりも高い好意度を獲得しました」(森永乳業ヨーグルト・デザート事業マーケティング部 高橋夏海さん)

AI分析の結果ですべてを決めることはないものの、より幅広い視点でデザインを検討できることにメリットを感じているそうだ。

「AI活用グルメ」を食べてみた

  • AKA-KUMAに導入されている「KAORIUM for Sake」。「八海山 特別本醸造」の風味を可視化した画面

今回はAI活用グルメを体験すべく、新宿の「AKA-KUMA(アカクマ)」へ行ってきた。ここは日本酒ソムリエ赤星慶太さんがオーナーを務める、料理と日本酒のペアリングに特化した日本酒バル。同店は日本酒の風味を言葉で可視化する、日本酒ソムリエAI「KAORIUM for Sake(カオリウムフォーサケ)」の都内初の導入店舗だ。

卓上に置かれたタブレットがAI機能搭載のメニューだ。日本酒のリストを見ると、全国各地の約150種類の銘柄がずらりと並び、それぞれの銘柄について日本酒の味と香りが円や文字で可視化されている。

たとえば「八海山 特別本醸造」を選ぶと、「ふくよか」「あたたかみ」「すずしげ」という味わいを表す大小の円の中に、「芋羊羹」「ヨーグルト」「杏仁」などの香りの印象を表すワードが散らばっている。ちなみに円が大きいほど、その味わいの印象が強いことを意味する。さらに味や香りの要素を元にAIが生み出した「農村のにぎやかな集い」「祭を彩る提灯の灯」などの情景表現もある。

どんな日本酒なのかイメージが湧いたところで、実際に飲んでみた。表示のとおり、ふくよかで旨みのある昔ながらのザ・日本酒という感じ。香りで最初に感じたのは「芋羊羹」。ところが同行者が一番に挙げたのは「ヨーグルト」。人によって感じる香りが違うのがおもしろい。二口目を飲んでみると、なるほど確かにヨーグルトや杏仁の香りもある。可視化された情報があればその要素を探しやすくなるし、味や香りの輪郭がよりくっきりする。

ベースとなる味や香りの情報は赤星さんの感性と一般ユーザへの調査から取得した情報が設定されているが、今後は学習機能をもったAIがそれを変化させていく。客が強く感じた香りの要素をタップすると、その情報が蓄積され、円の大きさやバランス、情景表現などの見え方が変わっていくのだ。

  • 「純米大吟醸酒粕を使った濃厚テリーヌショコラ」(850円)と「八海山 特別本醸造」(700円/120cc)のペアリング。日本酒は700円/120cc~

ここまででも十分楽しいのだが、「AKA-KUMA」では料理とのペアリングが真骨頂。今回取材で「八海山 特別本醸造」に合わせてくれたのはなんとチョコレート! ねっとりした食感で濃厚な味わいの「純米大吟醸酒粕を使った濃厚テリーヌショコラ」を食べてからお酒を飲むと、ふっくらした印象が薄まり、すーっときれいに喉に流れ込んでいく。日本酒もペアリングによって味がここまで変わるとは!

「この日本酒はヨーグルトの香りが強く、カカオはヨーグルトと相性がよいのでこのペアリングにしました。実は個性的なツウ好みの日本酒のほうが、味が大きく変化することが多く、ペアリングの幅も広いんですよ。日本酒に苦手意識がある人も、ペアリングをきっかけに日本酒を楽しむようになってくれたらうれしいですね」(赤星さん)

おすすめは8品の料理と日本酒のペアリングを楽しめるコース(15000円)だが、今回のようにアラカルトでペアリングを楽しむことも可能。料理メニューはほとんどが洋食というのもユニークだ。

もしかすると「AI活用グルメ」という響きにはどこか味気ない印象があるしれないが、職人の腕や日本酒ソムリエとのトークなど人の力も欠かせない。AIはあくまでグルメに付加価値をつける役割。今後のAI活用グルメも楽しみにしたい。