すっかりトラブル・メーカーの代名詞となってしまったリンジー・ローハン

リンジー・ローハンという若手女優(?)のことを私はよく知らないのだけれど、とても面白い話を見つけたのでぜひとも紹介したい。

米国を代表する新聞社のひとつ、New York Timesが出しているその名も「The New York Times Magazine」という雑誌がある。その1月13日号にローハンのことを扱ったとても長い特集記事が掲載されている。

Here Is What Happens When You Cast Lindsay Lohan in Your Movie

「リンジー・ローハンを自分の映画に起用するとこんなことが起こる」というこのタイトルが示すとおり、この記事はローハンが主演した『キャニオンズ』("The Canyons")というインディーズ映画の製作の裏側を、かなり長期にわたって密着取材した書き手がまとめたもの。登場人物はむろん全員が実在の人物だが、「この話自体を原作にして映画をつくったら、まちがいなく面白いものができてくるんじゃないか」と思わせられる、なんとも魅力的な読み物に仕上がっている。


(「50年代の映画」風な仕上がりにしたトレーラービデオ)


(こちらのトレーラーは「70年代アクション映画」風)


この記事に登場する主だった人間を物語風にざっと説明しておくと……。

『The Canyons』のポスター

主人公の若い女(=ローハン)は、物心つくかつかないかといった頃から芸能界に出入りし、ティーンエイジャーになる頃には主演映画もつくられるほどの人気子役に、さらにハイティーンのころには世界的に知られるアイドルとなり、おまけに音楽CDを出せばデビューアルバムがいきなりミリオンセラー、という人気ぶり。ところが内側に抱える心の病がわざわいし、アルコールや薬物で身を持ち崩し、しまいには警察の厄介になって、一時は鉄格子の向こう側におしこめられる羽目にも。その後は改心して社会復帰をめざしているものの、身についた自堕落ぶりとはなかなか縁が切れず、周りの人間を困らせるだけでなく、本人自身も心の葛藤に苦しんでいる。

対する年輩の男(=脚本家、映画監督のポール・シュレイダー)はといえば、躾の厳しい家庭に生まれ育った反動からか、10代の終わりから映画の世界にのめり込み、大学卒業後は映画評論家に。20代の終わりに書いた脚本に過去最高の金額がつき、一躍映画業界の寵児となる。その後映画の歴史に残るような名作(マーティン・スコセッシ監督、ロバート・デニーロ主演の「タクシー・ドライバー」「レイジング・ブル」など)の脚本をいくつか手がけた後、自らもメガホンを手に取ることに。当時新進気鋭のプロデューサー、ジェリー・ブラッカイマーと組み、リチャード・ギア主演の「アメリカン・ジゴロ」、ナスターシャ・キンスキー主演の「キャット・ピープル」といった、いわゆる商業主義的な作品を撮った。それに飽き足らなくなったのか、しだいに社会や人間の心の暗部に焦点をあてたような作品を多く手がけるようになっていく。一部の玄人筋から高い評価を得ているものの、ここ10年ほどはツキに見放されたのか、これだという快心作も生み出しておらず、限られた時間のなかで「なんとかもう一花咲かせたい」と願っている。

この2人に、キャラの立った脇役たちが絡みながら物語は進んで行く。たとえば、中年の小説家(=ブレット・イーストン・エリス)。20歳過ぎに発表したデビュー作「レス・ザン・ゼロ」が米国の文壇をひっくり返すようなセンセーションを巻き起こして大ヒット、その後も「アメリカン・サイコ」などいくつかの問題作(映画化された作品も複数ある)を著して世間の話題をさらうも、ハリウッドで脚本家に転じて以降はあまりぱっとせず、どこか焦りを感じている。

また、徹底したプロ根性の持ち主で周囲の信頼を集め、20代半ばながら出演作がすでに4000本を数えるというユダヤ系白人AV男優のジェームス・ディーン(James Deen)も出演している。ちなみにこのディーン、「身近な感じがするそのルックスが受けて、一部の女性ファンからカルト的人気を集めている」のだとか。

ローハン、シュレイダー、エリスに共通するのは、いずれも天賦の才に恵まれ、若くしてスターダムに上り詰めながらも、それぞれの事情からいまではある意味で「落ちぶれている」、少なくとも「過去の人」とみなされるような立ち場に置かれているところ。またローハンとシュレイダーには複雑な家庭環境で育ったという共通点もある。親から虐待を受けたことなどから心に傷を負い、それがのちの人生にまで悪影響を及ぼしているのだ。さらに、「表面的な華やかさ、物質的な豊かさの影に潜んだ人間の心の闇の部分を描く」というのがエリスの諸作品の特徴だったとすれば、そんな物語をガチで生きてきたのローハンのこれまでの人生……といった見方も成り立つかも知れない。一般に伝えられているローハンの話を読むと、そんな想いも浮かんでくる。

一度は大きな成功を手にしながら、その栄光の座から滑り落ちた、もしくは人々から忘れ去られつつあるような登場人物たちが、なんとかもういちどスポットライトを浴びたい、そのための機会を手に入れたい、あるいは自分たちが納得できる作品を世に出したいと願いながら、映画作りに乗り出す……というこの設定だけでも十分に興味をそそられるが、その展開をさらに面白くしているのが次々に降ってくる障害の数々。

ヒットからしばらく遠ざかっている作家が書いた脚本を、キャリアの終わりに差し掛かっている監督が撮ろうというのだから、そもそも大手の映画製作会社が話に乗ってくる可能性はごく少ない。そう考えたこの作品のプロデューサーは、「インターネットがこれだけ普及した時代なのだから、一般の人たち(シュレイダーやエリスのファン)から直接お金を集めたらいいんじゃないか」と考え、ちょうど大きな注目が集まるようになっていたクラウドファンディング・サイト「Kickstarter」を利用する手を思いつく。


[Kickstarterで資金提供を呼びかけるシュレイダー、エリス、ブラクストン・ポープ(プロデューサー)]


上記のビデオにも出てくるが、シュレイダーはこの資金集めのために「タクシードライバー」の撮影時にロバート・デニーロからもらったマネークリップ(紙幣を挟んでおくサイフ代わりのもの)を1万ドルで手放したりなどしたらしい。

ハリウッドのメジャー作品では、「万一の場合」を想定した保険をかけることがめずらしくないらしい。だが、「あてにならない」というレッテルを貼られてしまったローハンの起用を口にした途端、この保険がかけられなくなる、だからたとえ映画製作会社に話をしたとしてもそもそも乗ってくるはずもない、といった事情もこの記事には書かれている。


(「30年代無声映画」風トレーラー。撮影現場となったLAの高級住宅地マリブの丘に立つ邸宅は、Kickstarterの支援者が提供してくれたものだとか)


さて、このKickstarterで集めた約16万ドルにシュレイダー、エリス、ポープがそれぞれ「自腹」を切った各3万ドルずつを加えた合計25万ドルで、この「超低予算サスペンス映画」の製作がスタートした。「25万ドルの予算で、1000万ドルかかったように見える作品をつくる」というだけでもたいへんそうだが、つぎに問題となったのがキャスティング。「NC-17(成人指定)間違いなし」というその内容——かなりきわどい暴力シーンやセックスシーンも含まれる上、主演女優のギャラが「日当100ドル、プラス成功報酬(興業収益の一部を分配)」というほぼあり得ない条件で、集客力のある人気スターなど決して話に乗ってきそうにない、という状況だったらしい。また、ローハン起用についてはシュレイダーが強く望んだものだが、もともとディーンをイメージしながら脚本を書いたエリスが当初これに反対。しかし、強気に出られる懐具合ではなかったエリス(「コンドミニアムの資産価値が買値を下まわった」とあるから、つまり手放せば赤字が出る、という状況)のほうが結局折れた、というような記述もある。

……話がだいぶ長くなってきてしまった。「この続きは後編で」とさせていただきたい。(いよいよこれからが本題、というところで申し訳ないが)