レコード・ストア・デイって、知ってますか?

未だファンの多い音楽メディア、レコードを伝承していこうとするキャンペーンで、世界のレコードショップでなんらかのイベントが行われたり、いにしえの名盤、珍盤が再発されたりします。今年は、4月23日(土)が開催日で、日本ドメインのイベントページが立ち上がっているほか、タワーレコードやHMVなどでも、キャンペーンに関する告知がされています。

  • 家に数枚あるだけで、幸せになれるレコード。総売上でCDを上回ってしまうほど、未だに人気です

僕もこの時期になると、さぁて今年はどの再発盤を買おうかなと算段しているのですが、そんなとき、洋楽マニアである御徒町晴彦から、「荷物の片付けを手伝ってほしい」との連絡が。気乗りしないまま、その理由を聞いてみると……。

広島:(メンドイなぁ)片付けって、急ですね
御徒町:ちょっと狭いところに引っ越すんだけどさぁ
広島:(引っ越しだと!)
御徒町:荷物が多くて。片付けが間に合わないんだよ
広島:す、すぐ行きます!

カンのいい皆さんはすでにお気づきかと思いますが、趣味人の引っ越しってのは思わぬお宝をゲットできるチャンスなのです。廃棄されるゴミのなかに、ごっそりとお宝が眠っているというワケ。予想どおり、「このダンボールなんだ? レコードか、もうジャマだからいいや。欲しい? 持っていっていいよ」となりまして、見事55枚のレコードをゲット。ふふふ。さぁて。何がでるかな? サルベージしたお宝を開帳してみましょう。

  • 御徒町氏より譲り受けた戦利品のLPレコード。見たところ、帯ありの日本盤ばかり。こりゃあ、期待できるぞ

「デビュー! ビートルズ・ライヴ '62/ザ・ビートルズ」(1977年、ビクター)

ビートルズの初期のライブ盤。彼らがキュートな4人組に化ける前、ドイツのライブハウス、スタークラブで酔客相手に演奏していたゴリゴリ不良時代の演奏です。音質も良くないけど、プレイも粗い。メンバーとしては不本意な経緯で発売されてしまった黒歴史的音源なんで、なかなか入手も難しい代物。といっても、彼らの成功もこの頃の下積みがあったからこそだし、この頃のビートルズが好きって人もたくさんいます。ネットには音源も落ちているんでしょうが、データはデータ、盤は盤。こんな瞬間があったんだぞ、ということを記録した物理メディアは、もう文化的遺構みたいなもんですよ。

  • ビートルズ好きは避けて通れない音源。立川直樹、星加ルミ子、香月利一、3名執筆によるブックレットも充実した内容。帯付きのこんな状態のいいものには、もうお目にかかれないかも。ありがたや、ありがたや

「スージー・クアトロ・ストーリー 栄光のゴールデン・ヒッツ /スージー・クアトロ」(1975年/東芝EMI)

帯を定位置につけると、肝心のスージー・クアトロが隠れるという、すっとこどっこいな一枚。中ジャケ、ブックレットに写真がいっぱい。これがカラーだったらなぁ~。でも、付属のミニポスターがいい。5月には、彼女のドキュメンタリー映画も上映されるそうですが、未だにあの革のジャンプスーツで演奏してくれてますね。重いベースを担いで演奏する姿を人前で見せるには、フィジカルの維持など大変だと思いますが、レディース・ロッカーの元祖として、音楽アイコンとして、最後までキャリアをまっとうしてくれる姿っていいですね。

  • ジャケのスージーの写りがもうひとつで、帯をつけると彼女が隠れてしまいます。しかし、この人はキュートでしたね。ボーカルもパワフルだし。デビュー前から、MC5なんかと対バンしてたってんだから、地力が違いますよね

『スージーQ』(配給:アンプラグド)ロックは男のものと思われていた時代に、ガールズ・ロックの世界線を切り開いた彼女の姿を追ったドキュメンタリー。ヒューマントラストシネマ渋谷では5月6日(金)から上映されます

「パワー・イン・ザ・ダークネス/トム・ロビンソン・バンド」(1978年、東芝EMI)

失礼ながら、日本盤が出ているのを知らなかったです。ジャケットはグラフィカルでシンプルで、解説は当然、パンク雑誌「DOLL MAGAZINE」の元編集長、森脇美貴夫。トム・ロビンソン・バンドといえば、「グラッド・トゥ・ビー・ゲイ」とか、ちょっとひねた感じで演奏するインテリなパンクだと思われているかもですが、音自体は、めちゃ元気な3コードのロックンロール。そして、バンドロゴがスプレーで描けるステンシルの型紙が封入されています。こんなおまけもレコードならでは。

  • 拳をつきあげるようなイラストが描かれたジャケット。「自由に表現して生きていこうぜ」的なパンクメッセージですね。単なるシールじゃなくて、ステンシルってのが、なんかDIYでパンクっぽいスピリットを感じます

「あの頃、マリー・ローランサン」(1983年、CBSソニー)

邦楽アーティストのアルバムも何枚かあったんですが、これにはハっとさせられました。加藤和彦といえば、1967年頃に、ザ・フォーク・クルセダーズで若くしてスターになり、さらにはサディスティック・ミカ・バンドを率いて海外でも成功した、異次元レベルのミュージシャン。ソロになってからも、ハイセンス、かつダンディな楽曲をたくさんリリースしていて、これもそんな一枚です。ですが、このアルバムの中には、こんなインサート(メッセージ・カード)がはいっていました。

  • アルバムには、高中正義、高橋幸宏、矢野顕子、坂本龍一といった、きら、星のごとき凄腕ミュージシャンをバックに制作したハイセンスな楽曲が収録されていますが、ハッとしたのは、同封のメッセージ・カード。当時、レコード会社の収益を圧迫する原因となっていた、レンタルレコードやエアチェックへの苦言が呈されています。彼の直筆サイン(印刷ですが)があるあたり、強い意志を感じます

彼はそのエレガントでスマートなイメージの一方で、日本のコンサート音響のレベルをあげるために私費を投じてPAの会社を作ったり、伝説のバンド・村八分をデビューさせるため、わがまま放題のメンバーとレコード会社との間に入って粘り強く交渉したりと、国内の音楽業界全体のために尽くした人でもありました。そんな彼にとって、作り手にお金がまわらないような仕組みは我慢ならないものだったのだと思います。その後、さらに悪化する状況をはかなみ、彼は悲しい選択をします(書くのが嫌なので、書きません)。

今だって状況は良くないし、こんな名盤たちをプレ値で売り買いしても、アーティストには1円もお金がいきません。それでも、ビートルズのモーメントや、スージー・クアトロの変わらぬ姿勢、トム・ロビンソン・バンドのスピリットは、今もレコードで伝わってくるし、レコード・ストア・デイをやったりして、音楽を大事にしている人たちもたくさんいます。NFTとかで、お金がうまく回るようになるかもしれません。

彼が今を見たら、なんというでしょう。やっぱり落胆しますかね。それとも、「まぁうんざりだけど、なんにも希望がないってわけでもないな」ぐらいに思ってくれるといいですね。